スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鮮やかなモノクロゥム

“…嗚呼、まただ。また失敗だ。…これは、駄目だ”

いつの間にか耳慣れた声が聞こえた。
またか。ついそう返事をしそうになって、その声はいつだって俺に向いて発せられたものではないことを思い出して、黙った。

聞こえるだけでも良しとしようと思った。
この耳がまだ機能しているということは。…もしかしたら、鼓膜が振動をキャッチし脳に伝達したのではなく、意識の内側に響いているだけ。下手をすれば単に俺の妄想なのかもしれないけれど、もしそうだとしても。
そうだとしても、少なくとも「俺」という意識がまだ、生きているということだ。
独白のようなそれは、決して俺のものではない。
俺以外の誰かのものだ。

そうか。俺はまだ生きているのか。

気づくと、ほっとすると同時に苦笑も付随する。
がっかりなんてしない。俺は別にあのまま死にたかったわけじゃないし、むしろまだ死ねないと思っていた。
とはいえ、死にたくないわけでもない。俺は別にこのまま生き永らえたいわけでもない。永遠に生きたいなどと夢にも思わない。
人はいつか死ぬ。俺にとってのその「いつか」は、今でも別にかまわなかった。死ねないと思いながらも、本当はそこまで俺に何か確固たるものがあったわけでもないのだ。
俺は何もない他人を見下しながら、同じくすっからかんな自分を自分から覆い隠し、何か持っているかのように振る舞い自分も周囲も騙して生きてきた。
それだけ。それだけだ。
だけど、この声が聞こえたということは、また生きるしかないということだと知っている。
知らないはずなのに、知っている。
知って、いる。

生きる。
生きてやる。

カラカラと。触れたことも実際見たこともないような古いタイプの映写機のフィルムを巻き戻すような、空回るような。でも確実に引き返すような音と、モノクロの世界が逆再生される。
カラカラ。カラカラ。

早い。と思う。
こんなにあっさり。こんなにも簡単に。
ゆっくりゆっくり。丁寧に。懸命に。映写機のハンドルを回してきた肉刺だらけ傷だらけの手と手が、馬鹿みたいなくらいあっけなく。
限界まで伸ばして、必死に噛みあわせた指と指、重ねた手のひらが、その順番を正しく真逆になぞるように。巻き戻されあっけなく離れていく。

“もう一度だ”

聞こえた声はやはり、耳慣れてしまった声。
否、全く知らない声。知っているけれど、「知らないはず」の声。
飽きないな、お前も。いい加減にしないか。ついそう怒鳴りそうになって、やはり黙った。

言ってもせん無いことなのだ。どうなるわけでもない。
聞こえるだけ良しとしておかないと、もし声を出そうとして、…出なかったら。俺の声帯なんてもう機能してなかったらと思うと怖かったのもあるけれど。

嗚呼もうこんなにもあっという間に。
俺たちが血反吐吐きながら這い蹲ってでも折り重ねた、目に痛いほど鮮やかだったはずの全てが、…霧散していくなんて。

これから先、望みどおりの未来を手に入れても手に入れられなくても、またこうして声が聞こえるだろう。
そのたび俺は、生きるしかないんだと。やるしかないんだと歯を食いしばって、口の中に溜まった憎らしい血液の味を唾液ごと喉の奥に押し込むしかない。
何故この味ばかりなかったことになってくれないのかと悔やみながら。

そう。俺は、他の何が消えても、他の何を失っても、この血の味だけは忘れないのだ。

リセットボタンなんて本当はない。
完全に全てを元通りに戻せるわけがない。
人はそんなに簡単なものではない。
そう信じたくもなるんだ。俺だって。

何度繰り返そうとも同じ結果になる。と言っているわけじゃない。
一度目と二度目、二度目と三度目、全て違う結果になってきた。
最終的にあの声が聞こえる瞬間までに、俺は一体どれだけのパターンを見てきたか忘れてしまったけれど、そのたび引き換えした場所でまた君と出会い、君と生き、違う君と違う俺になった。
そうやって生きた。
生きるしかないと歯噛みしてでも諦めないのは、それでも君と出会うことだけは確定要素なのだと思い知ったからだ。

「昨日」しかない俺には、「今日」も「明日」も遠すぎる。
それでも「昨日」から「今日」も「明日」も探そうと足掻く。
俺はきっと、分不相応なほど欲張りなのだと苦笑いも滲むけれど、

君もまた、生きるなら。
君とまた、生きられるなら。

“嗚呼、…もう、”

何度も何度も巻き戻し再生を繰り返す、終わりなきこの輪の中から、いつか脱却するその時まで。

否。

脱却が叶った先で、君とまた生きるために。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。