FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

紫色と真墨

俺は時々、貧血を起こす。
時々。本当に時々、不意に眩暈がして動けなくなってしまう。あぁ血が足りないんだな、と自覚する。
だからと言って、別に貧弱だとか不健康だとかいうわけじゃない。

貧血が起きたら確かに動くどころか立ってもられないし、元々青白い顔がもっと青くなるから我ながら気持ち悪いな、とは思うけど、しばらく休めば元通り。
だからあえて貧血になったからって他の兄弟たちに伝えることもしないし、なんとなく朝から気分が悪かったりした日は、ばれないように自室に引き篭もったりしている。

無駄な心配をかけたくないのもあるけれど、普段は普通に元気なのにこういう時ばかり「細いし」とか「弱そうな顔だからなぁ」とか全く関係ないことを言われるのが癪に障るのだ。
俺だって好きで女顔に生まれたわけじゃないし、太陽にだってまずまず当たってるし、きちんと3食摂ってる。栄養バランスだって別に偏ってるわけでもない。…運動はあんまり好きじゃないけど。
太らないんだ。焼けないんだ。そういう体質なだけだ。
そういう、どうにもならないことを引き合いに出されても困る。ていうかちょっとムカつく。

意地になって貧血を隠す俺に、他の兄弟は特に気づかずにいた。
当たり前だ。俺のプライドにかけて必死で隠してきたんだから。そう簡単に気づかれてたまるか。
だけど、そういう意地も何もかも含め、そっと気づいたのは真墨兄さんだった。


吐きそうなくらい気持ち悪いけど、吐ける感じじゃない。目が回る。ぐらぐらする。身体がだるい。最低。
俺は自室まで間に合わず、リビングのソファで伸びていた。
リビングの照明は俺の眼球にキンキンするから、腕で顔を覆ってソファに沈み込む。

大丈夫だと思ったのだ。
夜の10時を過ぎた今なら、弟たちはもう眠っているし、八尋兄さんも真墨兄さんも自室に引っ込んでるはずだからと。

安心して目を閉じていたら、ふと、人の気配がした。
まずい。転寝してるよう見せ掛けないと。そう思って呼吸を気にしつつ寝返りを打つふりして両腕で青い顔を隠す。
声をかけられたら今起きたように。寝ぼけているようにしてごまかさなければ。
まだ動けない。せめてもう少し。

そう内心焦っていると、ふわり、俺の上に柔らかなものが被さってきた。

「……?」

腕の隙間から見下ろすと、腹の上に子供用のブランケットが乗っていた。
五つ子のうちの誰かのだ。だけど、色違いの似たようなデザインが5枚もあると、どれが誰のだかまでは俺は分からない。真墨兄さん辺りなら知ってるかもしれないけれど。
あぁ、ブランケットって軽くてあったかいな。
…ていうか、誰。

俺は重たい腕を少しずらして周囲を見た。
と、俺の寝転んだソファの隣、真墨兄さんが裁縫道具を出して何やら縫っていた。
身じろぎした俺なんて全く気にしていないみたいに、手に持った柔らかそうな布地と針に集中しているのが分かる。

「…何、縫ってるの」

あまりの無関心っぷりに拍子抜けして、寝てるふりを忘れてつい俺の方から声をかけてしまった。
真墨兄さんはまるで俺が声をかけてきたことでやっと俺に気づいたみたいに、だけど驚いた素振りも見せずにちらとこちらを横目に見、縫ぐるみ。と小さく言う。

「伊歩の縫ぐるみ。腕が取れそうだって泣きついてきたから直してやんだよ」

ったく。あれほど乱暴に扱うなっつったのに。ぶつぶつ文句を言いながら、熊だか犬だかよく分からないくたくたの縫ぐるみの腕と胴体を器用に縫い合わせる。
五つ子がこの家に来てから、真墨兄さんはいよいよお母さんっぽくなってきたな。思うけれど、それを口にしたら烈火のごとく怒られるのが分かるから言わない。本人もある程度自覚があるみたいだし。
何より、今大声で怒鳴られたら頭痛が酷くなりそうだし。

俺は無関心を装って放っておいてくれるのに甘えてブランケットを顔から被った。
そうすることで、子供用の小さなブランケットから俺の脚が思い切りはみ出したけど、そんなのこの際気にしないことにした。
今は、寒さより眩しさの方が辛い。

子供の頃、確か俺もこういうの持ってた。
何度も洗濯するから解れてしまって、多分もう処分してるだろうけど。
淡い淡いラベンダー色したブランケット。…どんな模様だったか覚えてないな。あれってこんなに小さくて軽かったっけな。あったかかったのは覚えてるけど。フリースだっけ。もっとさらさらしてた気がするけど。あぁ。貧血って何でこんなに気持ち悪いんだ。頭痛い。
どうでもいいことも大事なことも、滅茶苦茶な順番で思考に入り込んでくる。

声に出さないように内心唸っていると、ふかり、ブランケット越しに俺の頭の上を優しい手のひらが撫でた。
少しブランケットをずらして目だけ出すと、真墨兄さんの珍しい無表情がこちらを見下ろしている。

「…なに。裁縫終わったの」

「ちょっとは楽になったか。動けそうだったら部屋戻ってベッドで寝ろよ。こんなとこで寝たら風邪ひく」

「…真墨ってほんとに、」

「自分の兄貴を呼び捨てんな」

言いかけた俺の言葉を遮って、真墨兄さんは眉間に皴を寄せた。
だけど、本気で怒っているわけじゃない。分かるから俺は、なんだか泣きそうになる。別に泣くほど辛いわけじゃないし、何にせよこの俺が人前で泣くわけないけど。

「…真墨兄さん」

「ん?」

そういうのやめてくんないかな。俺はぼそぼそと言う。だけど、こういうのはめったにないんだからたまには我慢しろ。軽く流されてしまった。
俺の精一杯をそんなにも簡単に。くそ。

「心配しなくても誰にも言いやしないよ。今までだってそうだったろ?」

「…そうだけど」

「でも言っとく。八尋兄さんに隠し事は不可能だと心得とけ。この意地っ張り」

「…だよね」

俺の兄ふたりは何でもかんでも、そっと。そんな素振りも見せずにそっと気づいてしまう。
なんだってそうだ。いつだってそうだ。それが大人の余裕なのだろうか。
悔しい。悔しい。悔しいけれど。

「俺は、へーき」

「うん」

「平気だったら」

「分かってるよ。だから八尋兄さんだって放っておいてくれてるだろ」

真墨兄さんはやっと無表情を崩して微笑んだ。
笑むと途端子供みたいな童顔になる。俺よりちっさい上に童顔な真墨兄さんはだけど、ブランケットより何よりあったかくて柔らかな手のひらで、俺の頭を撫でて笑った。

先刻まで縫ぐるみを直していた器用な指先が俺の髪を撫で通っていく心地よさに、胸の奥と頭の中に沈殿していた気持ち悪さがすぅと引いていく。
ほっとする。変なの。
だけどなんだか癪に障ったから、真墨兄さんてマジでお母さんみたい。と言ってやった。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。