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百々と羽流

「………またか」

ぽつり、脱力感満載の溜め息と共に口にする言葉は、「また」というそのまま。もう何度目か分からない。

ぼふり、そのまま持ち上げかけた頭を枕に落とす。
その弾みで枕や布団に抱き込まれた柔らかな体温とシャンプーや石鹸の匂い、それから、太陽の匂いが鼻先をくすぐった。
俺はそのあまりの心地よさに目を閉じる。このままうとうとまどろんで、もう一度寝てしまえばいいのだとどこかで自分を甘やかそうと画策する。

「………………………」

完全に自分を甘やかしきることができないのは、殆ど一人で俺を育て上げてしまった真墨兄の影響が残っているせいだろうか。それとも、次男坊というポジションのせいだろうか。
そういった何か他の要因ではなく、正しく俺という人間の性格によるものなのだろうか。
どちらにせよ、こうしてぬくぬくと布団に包まってそのまま二度寝に突入できないことだけは確かなようだ。
そろそろ負けを認めようか。
認めなかったら勝てるかって、…勝てないし。

俺は渋々片目を薄く開けた。
ぴっちり閉めたはずなのにいつもうっすら隙間が空いてしまうカーテンの合間、音もなく差し込んでくる朝日は、俺のごちゃごちゃと散らかった部屋を明るく淡いクリーム色に染め上げ、一際強い一筋の光の中、空中を滞留する埃の小さな欠片がキラキラと舞っている。
あぁ奇麗だな。今日滅茶苦茶天気いいんだ。気合い入れて掃除でもすっか。俺の部屋以外。
あーでもまた莉世に呆れられるかな。モモはお掃除が上手なのに、どうして自分のお部屋だけ汚いの。とか言われるかな。…なんて、もう少しあと少しと現実逃避を試みて、結局すぐ現実に戻る。

カーテンの布地の向こう側の光溢れる世界より、明るく淡いクリーム色より、もっとずっと至近距離。
俺が包まるふかふかの布団と同じくらいの距離(目と鼻の先とはこのことか!とか妙に真剣に噛み締めるくらい)に、昨夜就寝する折にはなかったものがある。
それを半分覚醒した状態で、この距離で視覚に認識してしまうと、いくら「またか」と呟くことでも俺は何度も息を呑む。何度でも息を呑む。
俺は、何度繰り返そうと慣れることと慣れないことは、意外ときっぱりと二手に分かれていると思う。
慣れない。こればっかりは何度だって。毎日繰り返したって。

天使。とただ思う。

俺はやっぱり真墨兄に似てる。
妙なところロマンチストなところとか。自覚してて直そうとするけど直らないところとか。それを成人男性が持つ感覚としてはちょっと恥ずかしいことだと思ってるとことか。
だけど俺は、まず最初に天使。と思う。それ以外に言葉が浮かばない。
キラキラと淡い光の中、今にも境界線をなくして溶けていってしまいそうなくらい儚いそれは、元々ボキャブラリーの少ない俺には天使としか言い表す術がないのだ。

そのくらい儚く曖昧で、ちょっと怖いくらい奇麗で清廉。
今、俺の目の前に本物の天使が舞い降りたら、多分そっくりこんな感じ。…とかさ、だから。恥ずかしいから俺。

「…天使っちゃあ、天使なんだけど」

大変残念なお知らせです。心の中で俺は俺にそう最終通告。
それと同時に、俺は寝起きの寝ぼけた脳みそや身体全部(爪の先から髪の先まで)に、一気に勢い良く血液が走るのを感じて思い切り息を吸い込んだ。肺にめいっぱい。これ以上無理ってくらいがっつり。

一拍止めて、

「ッギャーーー!!!羽流兄ィイ!!なんっで俺のベッドで寝てんだよーーーーー!!!!!」

飛び起きようとして、しっかり握り締められたパジャマ代わりのTシャツの胸元にぐん、と引き返されて元に戻る。ぼふりと勢い良く顔から。痛い。

…あぁ、………またか。

弾みで枕や布団に抱き込まれた柔らかな体温とシャンプーや石鹸の匂い、それから、太陽(という名の羽流兄)の匂い。
ふわりと舞った羽流兄の長い前髪が俺の鼻先をくすぐる。至近距離に色素の薄い長い睫の規則正しい配列が見える。
だけど一旦目覚めた俺にとってそれは、天使とかそういう平和で美しいものではない。もうタイムアウト。…あぁもう、俺もう一回寝たい。目が覚めたら単なる夢だったとかそういうオチが欲しい。
そうどれだけ願ったところで、叶ったことなんて一度もないのが悲しい話。

「離せよ羽流兄ぃー。頼むから!夜中にトイレ行くのは全然いいよ、でもなんでそのたび寝ぼけて俺の部屋に来るんだよ。それもいいよ、間違いに気づいたら引き返せよ。そのまま俺のベッドに潜り込んでその上俺のTシャツ掴んでぴったりくっついて寝るのは本気でやめてくれよ。心臓に悪いんだよ。狭いんだよ。そして何より気持ち悪いんだよ。羽流兄自分がでっかい野郎だってこと忘れてねぇか?俺も羽流兄ほどじゃないにしろでっかい野郎なんだよー。むさくるしいよー。うぜぇよー。勘弁してくれよー」

至近距離で俺が叫んでも、こうして一息にうわーっと文句を言っても、寝汚い羽流兄は起きない。
すやすやと健やかな寝息はちらとも乱れないし、キラッキラな天使の寝顔も健在だ。これも毎度のこと。
その代わり、コンコン、とドアをノックする音。

「モモ?どうしたの、朝から元気ね。…あら、またハルが潜り込んだの?」

うっすら開いたドアの隙間から、小さな頭がちょこんと顔を出す。

「莉世ー。助けてくれよー」

俺より先に起きていた、もしくは俺が現実逃避を繰り返しては撃沈している間に起きたのだろう、妹の莉世は、まだパジャマの上にカーディガンを羽織っただけの姿。ちんまりとドアの向こうから身体半分を出してこちらを覗き込んでいる。
あぁ今日も可愛いな、朝日が似合うなオイ。俺はどっちかって言うとこっちの天使のがいいんだけど。しっかり者の莉世が俺のベッドに潜り込むとかよほどのことがない限りないんだけど。

「仲良しさんね」

にっこり。莉世は花のように無邪気に微笑んだ。

…泣きたい。
なんで朝っぱらからこんな切ない気持ちにならなきゃいけないんだ。

「さぁさ、ふたりとも起きて!今日はとっても天気がいいのよ!寝坊なんてもったいないわ!」

莉世は元気に小さな両手をぱちんと叩き合わせ、タタタと軽快にベッドに駆け寄ると、俺の胸倉を掴んだままの羽流兄の手を、指一本一本丁寧に外して開放してくれた。
俺はそれだけで随分と人心地つく。

「ありがとな、莉世」

お礼を言いながら起き上がり、ベッド脇にいる莉世を抱き上げる。
どういたしまして。と微笑む莉世は、今の俺にとって本気で天使だ。ちくしょう。

「ハルはまだしばらく起きそうにないね。…でもわたし、おなか空いちゃった」

朝ごはんミルク粥がいいか?それともフレンチトースト?ドライフルーツたっぷりのフレーク?俺は莉世のお陰で勝ち取れた平和を噛み締めながら、莉世の好きな朝食メニューを挙げていく。
メープルシロップたっぷりのフレンチトースト!元気良く答える莉世に、分かった。と頷き、なんとなく冷蔵庫の中身を思い浮かべる。ヨーグルトサラダもつけよう。ミルクたっぷりの紅茶も淹れよう。

「じゃあ先に顔洗って着替えてこいよ。俺もすぐ行くから」

うん。頷く莉世をそっと下ろして、出て行く小さな背中を見送って。さぁ立ち上がってカーテン開けてやれ!と思った途端。

「……羽流兄、せめて俺のTシャツ握るのは片手だけにしてくれないかな」

くん、と引き戻されたのは、俺のTシャツの裾。もう片手が残ってた。なんてフェイント。
莉世を真似てそうっと解きにかかると、いきなりTシャツの裾を握っていた手が俺の手ごとわし!と掴んできた。
ヒ!と息を呑んだ俺の目の前、天使の寝顔がうっすら目を開ける。

「…お兄ちゃんに向かって気持ち悪いって言った悪い子、だぁれだ?」

寝顔も天使。笑顔も天使。
だけど俺はこの日、朝っぱらから二度目の悲鳴をあげるしかなかった。
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