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羽流と真墨

ぽたり。

「…あ、雨」

天から僕の頬へ降り落ち、ぱちんとはじけたひとしずくに顔を上げると、僕の隣で真墨が「げ、マジで?」と心底不満そうな声を上げた。
ちらりと横目に真墨を見やると、両腕いっぱいに大きな紙袋を抱きかかえ、それに鼻先を埋めて顔をしかめている。

さっき、僕が持とうか?と聞いたら、いいよ、俺だって男なんだから。と分かりきったことを言って拗ね、絶対に手放そうとしなかった紙袋だ。
僕は真墨を女の子だと思ったことは生まれてこの方一度もないのに。変な真墨。
ただ、真墨は確かに小柄だから、その紙袋は大変じゃないのかなと思っただけなのに。

僕はその分、両手に重たいビニル袋をぶら下げ歩く。
僕の持つ袋に缶詰とか牛乳とか重たいものを詰め込んだのは真墨だ。
わざとなんだろうけど、別にそれでもいいんだけど、重さが大体左右対称になるよう計算して入れてくれたのはありがたい。
こういうところは真墨だな、と思う。

がさがさ紙袋を抱きしめ歩く真墨と、ぱりぱりビニル袋を両手に歩く僕。
雨粒に気づいた途端、少しだけ歩幅を大きくして家路を急ぐ。
そうこうしているうちに、始めはぽつりぽつり程度だった雨脚がどんどん激しくなってきた。

今日の昼前、弟や妹たちと一緒に本家に遊びに行った時は清々しいほどの晴天だった。
あまりに天気がいいから、莉世は家を出る前に庭の花壇に水やりをしたくらいだ。
可愛いデザインのプラスティックの如雨露を片手に楽しげに、見て見て、虹!と如雨露の水と太陽の光でできた小さな虹を見せてくれたりした。
それがまるで嘘みたいな雨。しかもどんどん雨粒が大きく、多くなってくる。

「…っち!天気予報の嘘つき!」

僕の隣で足早に歩く真墨が、舌打ちと共に子供のような悪態をついた。
皆で昼食をとった後、子供たちの面倒百々に任せる。天気がいいから買い物付き合え。と僕に言いつけた真墨は多分、前もって天気予報もチェックしていたのだろう。
お菓子買ってきて。と弟や妹たちに強請られ、何がいいかひとりひとつずつリクエストを聞いてはメモしていた。
お母さんみたい。とか言ったら絶対に怒鳴られるから言わないけれど。

とうとう本降りになってきた雨と本家までの道程を考えると、ちょっと雨宿りした方がいいような気がしてきた僕は、隣、早歩きというより殆ど走る、に近い真墨をちらりと見やる。
真墨は本当に面白くなさそうに眉間に皴を寄せ、いつの間にか青空を覆い尽くした灰色の重たそうな雲を睨み上げ、そのままこちらをじろり。

「僕を睨んでも雨はやまないよ」

ふふ、僕が少し笑うと、真墨は深々と溜め息をつき、どっか適当な場所で雨宿りするか。と呟いた。
うん。それがいい。きっといい。だってきっと通り雨だもの。思った僕は二つ返事で賛成した。

だけどこういう時に限って適当な雨宿りの場所が見つからないものだ。
カフェは僕らより先に雨の中歩くのを諦めた人たちでいっぱいだったし、軒下もそう。
だから僕らは仕方なしに人の少ない軒下を探すしかなかった。必然的に、人が少ないイコール雨宿りにはあまり向いていない軒下。ということになる。

「…狭い」

「そうだね」

狭い軒下に逃れ一息ついたと思ったら、早速眉間に皴を寄せたまま不満げに空を睨む真墨。
だけど今からまた違う軒下を探そうとは思えないらしく、壁に背中をぺったりと預けて溜め息をついた。
横に狭いならまだしも前後に狭いから、真墨が抱えた紙袋が濡れてしまう。当然のように真墨の両腕も。
僕はビニル袋だし、濡れても別にかまわないけど。真墨は寒くないのかな。紙袋破けちゃわないかな。僕はそっと足元にビニル袋を置き、軽く口を結んでから真墨の前に向かい合うようにして立った。
壁に背中を貼り付けても狭い軒下だ。必然的に僕は雨の下に出ることになる。
目の前、真墨の両目がまん丸に見開かれた。

「な、何してんだ羽流!馬鹿、濡れる!」

「雨よけ」

「…あ?」

「雨よけ」

僕は繰り返す。
真墨はぽかんと口を開け、だけどそれと同時に眉間に寄っていた皴がするっと消えたから、僕はそれだけで結構満足してしまった。
ぽたぽた軒下から垂れる雨水は確かに冷たかったけれど、濡れて濃い色になってしまった真墨の両腕の布地も、冷えて少し白くなった手の甲も、その間に抱かれた紙袋もそれ以上濡れないで済むのだから、その代わりと思えば全然平気だ。

真墨はしばらくぱちぱちと瞬きをしていたけれど、我に返ったのか慌てて僕の肩を掴んできた。
僕を軒下に戻そうとしているのだろう。
だけど僕は殊更ゆっくり首を振り、真墨の手をやんわりと肩から離して大丈夫だよと笑って見せた。
真墨は不満げな顔をして僕を見上げるけれど、僕がどく気がないことに気づいたのか早々に溜め息をついて諦めてくれた。
こういうところも、真墨だと思う。

僕らの付き合いは赤子の頃からずっとだ。
今更、沢山の言葉を並べ立てて言い争いなんてしなくてもいい。真墨は分かってくれる。そう肌で感じるから、僕にとって真墨は誰よりそばにいて楽な人だ。
いつも僕の分まであれこれ世話を焼いてくれる真墨を、たまにはこうして雨粒から守るくらい、したいと思う。

僕は真墨に覆いかぶさるようにして真墨の頭上に両手をついた。
その拍子に、がさり、僕の胸にぶつかった、真墨が抱いている紙袋が音を立てる。
僕は紙袋の中身をそっと見下ろした。
弟や妹たちのリクエストのお菓子の箱や、袋。それから、チーズとか野菜がちらちら見える。
真墨も守るように抱いていたからだろう、あんまり濡れていないのが幸いだと思う。

それらのもう少し近く。僕の顔の真下にきた真墨は少し俯きがちに、なんだかぶすくれている。
その唇を尖らせる理由を、僕はなんとなく察した。

本家分家の中で一番でかく成長してしまった僕と、本家分家の中で(弟や妹以外で)一番小柄な真墨が間近で向かい合うと、その身長差が歴然だ。
真墨はあまり伸びなかった自分の身長をコンプレックスに思っているし、僕も僕で伸びすぎた自分の身長に未だに戸惑っている。
僕らはたまたまとは言え同じ日に生まれ育ったのにでこぼこだ。
思い出や美味しいものみたいに、身長も分け合えたらいいのに。
そうしたらきっと丁度いいのに。

僕は僕と真墨の大きな差を慰めるつもりで、真墨の湿った黒髪に鼻先を擦りつけて目を閉じる。
真墨も僕の意図を酌んでくれたのか、何も言わずされるがままでいてくれたから、通り雨がやむまでしばらくそのままでいた。


雨上がり。
少し湿ってしまった紙袋を胸に抱えなおした真墨と、濡れそぼったビニル袋を両手にぶら下げた僕の目の前、雲間から差す太陽光に雨粒がきらめいて大きな虹になった。
きらきら奇麗で、わぁ、とつい声を出してしまった。

僕らの家路に虹がかかる。大きくて奇麗な虹だ。
虹の袂に何がある?僕らは子供の頃それが知りたくて、歩けるだけ歩き続けて、気づいたら虹が消えてしまって迷子になったことがあるのを思い出した。

あの時は八尋さんが迎えに来てくれたけれど、僕らはちっとも泣いたりしなかった。
悲しくなかった。怖くなかった。だって僕らはひとりじゃなかった。
確かに、虹が消えてしまったこと、袂に何があるのか結局知ることができなかったこと、八尋さんに迷惑をかけてしまったことは悲しかったけれど、八尋さんは僕らを怒ったりしなかったし、それどころか「確かに虹の袂に何があるか知りたいよね」と優しく同意を示してくれた。

いつか大人になったら、またふたりで探しに行こう。そして何があったか八尋さんにも教えてあげよう。と僕と真墨は約束をした。

そうだ、約束したなぁ。

「真墨」

「あ?」

「虹の袂には何があるだろうね?」

「…さぁな」

真墨はそっけなく答える。けれど、ほんの少しだけ笑っていた。
その横顔を見て、あぁ、真墨も思い出してくれたんだと分かって嬉しかった。

「おうち帰ろ」

「あぁ。ていうか、…羽流、お前寒くないのか?」

「うん。大丈夫。でも本家帰ったらタオルと着替え貸して」

「お前俺の着れないだろ。八尋兄さんの借りればいいけど。…ていうかまず風呂だな」

真墨は横目に僕を見て、くっくっく、と喉を鳴らして笑った。びしょ濡れの僕を改めて見たら可笑しかったんだろう。
本家に戻ったら、多分他の兄弟たちにも笑われるんだろうな。

ぽたり、僕の前髪から雫が落ちる。
多分このひとしずくも虹の欠片だ。となんとなく思った。
莉世にも教えてあげよう。きっと喜ぶ。あの子はこういう話が大好きだから。

「雨粒は、虹の種だね」

「じゃあお前は今、虹の種まみれってことか」

「そう思うとたまには濡れるのも悪くないかも」

「…ばーか」

くくく、真墨が笑う。僕もつられてくつくつと笑った。
大きな虹はやっぱり僕らが袂に辿りつく前に消えてしまったけれど、いつかまた一緒に探しに行こうね。という僕と真墨の幼い頃した約束はずっと有効だ。きっと。
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