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百々と紫色

本家の次男である真墨兄と、分家の長男である羽流兄は同時期にこの家に生まれ、(血が繋がっていないから当然だけど)外見も性格も全く似ていないなりに、双子のような、幼馴染のような、不思議な関係にある。
べったりなんて絶対にしないけれど、ふたりにはふたりにしか分からない暗黙の了解のようなものがあり、それはふたりが赤子の頃から見守り続けた本家の長男である八尋兄にも通じないものだと思う。

時々、真墨兄は自分の弟たちを連れて分家に遊びに来る。
こちらから行くこともあるけれど、家で俺たちが来るのを待つより自分が動く方が性に合っているらしく、どちらかと言うと彼らの方からこちらに来ることが多い。
八尋兄はすっかり大人だから来ないこともあるけれど、他の弟たちが来る時は必ず真墨兄も付いて来る。
本家の子供たちの監督権は完全に真墨兄に譲渡されているようだ。
八尋兄と同じ人種の羽流兄もそういうところがあって、結局俺が莉世や志乃、柚太の監督を買って出るから、本家分家の長男と次男というものは自然そういう役割分担というか、ポジションに付くものなのかもしれない。

ピンポーン、ピンポーン、とチャイムが二回鳴ると、その機械音はいつでも同じはずなのに、音色そのものや間の取り方で真墨兄たちが来たとなんとなく分かる。
それは羽流兄も同じようで、うとうとしていても一度は薄く目を開ける。
玄関まで迎えに行くのは俺や莉世たちの役目だけれど、ドアを開けたそこに立つ真墨兄の、口端をぐいっと真横に引き伸ばすような悪戯っ子地味た笑顔が微かに柔和なものになるのは、すっかり真墨兄より成長したはずの俺の頭をそれでも変わらずわしわしと撫で(俺はそれについ無意識背中を丸めて撫でてもらいやすくしてしまう)、奥で小さく体躯を折り曲げたまま待つ羽流兄の前に到着してからだ。

「よぉ、羽流。起きてたのか」

「真墨、また来たの。好きだねぇ」

「別に俺が好きなんじゃない。こうやってガキ共連れてくれば遊び相手が増えて莉世たちも喜ぶだろ。百々ばっかだと飽きるだろうし?」

いつもの淡白なご挨拶に俺を巻き込まないで欲しい。
悪かったな、いっつも俺で。飽きさせて。冗談だと分かっているから、俺もわざと拗ねたふりをする。
くくく、と喉を鳴らして真墨兄が横目に俺を見て勝気に笑い、羽流兄に視線を送る。それを受けた羽流兄もまた、百々は色々工夫して遊ぶから莉世たちも飽きないよ。と呟きうっすら両目を細めて微笑んだ。
それを見た真墨兄は、今日は羽流兄がすぐには眠らなさそうだと踏んだのか、羽流兄の前に座ることにしたらしい。
俺はキッチンに回り、丁度淹れていたコーヒーを二人分、彼らの前に置く。ありがとう、と二人分の声が俺の些細な労働を労った。

彼らは饒舌に話をするわけでもなく、気まぐれにコーヒーを啜り、時々言葉だけ聞いてると喧嘩でもしてるのかと思うくらいの会話のキャッチボールを楽しみながら、向かい合って時間を過ごす。
なんだかその邪魔をしてはいけないような気がして、俺はその場から立ち去ろうとした。
そこでふと、気づく違和感。

八尋兄を抜いた本家の兄弟たちの内、ひとり足りない。

今更かもしれないが、色白通り越して青白い肌をしたあいつは、黙ってればすぐ薄暗い廊下に差し込む白い闇に簡単に溶け込んでしまうのだ。
本家分家合わせた成長しきった子供たちの中で、あいつは真墨兄の次に小柄だけど、真墨兄より多分、体重も体積も何もかもが少ないと思う。
真墨兄だって細いけれど、あいつは肉、という言葉からとことん遠い。はっきり言ってガリガリだ。
食べてないわけではないから、元々太れない体質なのだろう。
そのせいもあって、別に存在感がないわけではないが、あいつから軽口を取ったら影が薄まるのは確かだったりもする。

「…そういえば真墨兄、紫色は?」

「あぁ、紫色は来てない。家で適当にしてんだろ。あいつは兄弟でべったりしてるよりひとりでいる方が好きだからな。八尋兄さんもいるけど、あの人はあれだし」

真墨兄は本家分家ひっくるめて、自分の兄弟たちが誰より好きだ。
だけど真墨兄は好きだからと言って、無理やりそばに置いておこうと束縛したりしない。それぞれの個性をしっかり見抜いて、それぞれが好むようにさせる。
そして少しでも求められれば、すぐに飛んで行ける用意をしている。
本家の三男であり、俺より少し前に引き取られた紫色が、八尋兄とはまた違う理由でひとりを好むことも熟知しているから、多分今日分家に来る時誘いもしなかっただろうことも分かる。
だけど、ちょっと理想通りには行かない歯がゆさに、俺は少し唇を尖らせた。

「なんだ?連れて来て欲しかったか?今度首に紐でもつけて引きずってきてやるよ」

その僅かな俺の心の流れを見抜いたか、真墨兄は尖った八重歯を見せ付けるようにニィ、と笑う。
俺はつい、猫のように弓なりに薄まった真墨兄の目からそっと視線をそらした。

「…別に、そこまでしなくていいけど。ただ、羽流兄と真墨兄みたいには行かないもんだな、って思っただけ。羽流兄と真墨兄、幼馴染だか兄弟だかよく分からないって言うけど、俺と紫色は別にそうでもないから」

「それが個性というものだよ、百々。僕はそういう関係あってもいいと思う」

羽流兄が少し眠そうにゆったりと頬杖をついた。
でも。と俺は言いそうになって、ぐ、っと飲み込む。
格好悪い気がしたのだ。羽流兄と真墨兄の関係性が、ちょっと羨ましい。なんて言えないと。
だけど多分彼らは俺のそんな気持ちも見抜いているのだろう。少し困ったような、照れるような、誇らしげでいて、何故か俺を羨むような、不思議な目と目を合わせる。

「電話でもしてみたら?紫色、きっと百々からかかってきた電話なら出るよ」

時々居留守使うんだよねぇあの子。いい性格してるよ。羽流兄は微かに口端を持ち上げ、とろりと眠そうな表情に似つかわしくない言葉を繋いだ。
限界まで薄まった両目の奥が笑ってない。
羽流兄が八尋兄ほどではないにしろ、激しい感情表現をしないくせに怒ったらなんだか怖い俺は、ひく、と喉を震わせ苦笑した。
ちらりと真墨兄を盗み見ると、彼は慣れているのか元々平気なのか、どこ吹く風といった顔。
俺はひっそり溜め息をついた。


この広い家の玄関から最奥まで貫き通るようにしてある長い廊下の、丁度中腹辺り(つまり、家全体の中央付近)にある電話機の前で戸惑う。
いいから電話かけて来いと背中を押されたまではいいけれど、羽流兄も真墨兄も付き合う気はないらしく、ひとり放り出されてしまったのだ。

分家から本家に電話をすることなんて別に珍しくもないから、電話番号は空で言える。
だけど、いつも俺がかける相手は真墨兄くらいだ。
時々途中で相手が変わることはあるし、その時なら紫色とも多少話したこともあるけれど、紫色に個人的にかけたことなんてない。
どうしよう。改めてかけるとなると、何か違和感というか不自然というか。だけどこのままかけずに戻ることなんて絶対にできない感じだ。
ここで子供たちが騒ぎでも起こしてくれたら、それを言い訳に逃げることだってできるのになぁ。なんて情けないことを考えた後、なんで俺が逃げなきゃいけないんだ。と我に返った。

勢い込んで受話器を持ち上げ、慣れた番号を押す。
何度か呼び出し音が鳴った後、繋がる回線。
途端、どうしよう。がまた俺の頭の中をぐるぐるっと回った。

『…もしもし?』

声は、だけどすぐに俺の肩から力を抜いた。

「八尋兄?俺。百々だけど」

『あぁ、百々?どうしたの。真墨たちはそっちに行ってるんでしょう?』

受話器越し、妙に感情も温度もない、なのに優しい声が俺に微笑みかけたのが分かった。

「真墨兄は今、羽流兄とコーヒー飲んでる。五つ子たちも莉世たちと仲良く遊んでる」

『そう。それは良かった』

ふわふわと現実味のない柔らかで穏やかな声。
本家分家合わせて一番年上の彼は、俺たちがどんな姿、感情を持っていても弾くこともぶつかることもせず、受け止めるというより、受け入れてしまう不思議な人だ。
スポンジみたいだとなんとなく思う。
彼と対峙した時俺たちは、小さな粒子になって柔らかな彼の中に満遍なく溶け込む。
彼は誰かに何かを求めたり強要したりも決してしないし、また、自分が誰かにそうされることも好まない。
八尋兄はあの羽流兄さえも怒らせてはならない相手として認識しているし、幼い子供たちですら本能的に理解しているようだが、俺は未だに彼が怒るところを想像できない。
確かに怒らせてはならないとなんとなく思うけれど、彼は一体どういったことで、どのようにして怒るのだろう。

『…紫色に代わる?』

不意に聞こえた八尋兄の微笑を含んだ言葉に、え、と声を上げてしまった。
いるよ、代わる?八尋兄は繰り返しそう言う。
受話器の向こう、丁度良く通りがかったのだろう微かに紫色の声で、誰?と問う声がした。
百々。短く答える八尋兄の声はやはり、妙に感情も温度もないのに優しい。

『もも?』

いきなり電話口から聞こえてくる声が八尋兄から紫色に代わった。
突然のことに心の準備もできてなかった俺は、びっくりしてひゅ、と息を飲む。
それが伝わったのか、ふふ、短く笑う紫色の、丸みを帯びた滑らかで甘い声。女とはまた違う妙な高さの声だ。
俺は思わず受話器から少し耳を離し、受話器を持ってる手とは逆の手で耳たぶを擦った。

『どうした?俺の声が聴きたくなった?』

至極嬉しげに。楽しげに笑う紫色は、俺をからかえると知ってご機嫌なようだ。

「ふざけんな。誰が」

『またまた~、照れることないのに。俺は百々の声が聴けて嬉しいよ』

「気持ち悪いこと言うな」

ぐ、と顔をしかめて言い放つが、紫色はこの程度じゃ全然堪えないことくらい知っている。
案の定、くすくすと妙な高さを伴った甘い声で笑った。

奴は口から先に生まれたに違いない。軽口へらず口は紫色の十八番だ。
青白い肌と華奢な身体つきも、女顔も奇麗っちゃあ奇麗な紫色はその気になればモテる。
だけどこういった甘ったるい言葉を紫色は女に投げかけず、俺を含め兄弟たちにばかり言う。
俺はブラコンだから。が奴の口癖だ。
俺はそれをあんまり信用していない。信憑性がなさ過ぎるのだ。

『百々。眉間に皺寄ってる』

紫色は見てもいないくせにそう断言する。
そして悔しいことにまさにその通りだった俺は、見えてないのに適当なこと言うな。と少し乱暴に怒鳴って慌てて皺を伸ばした。

『分かるよ。だって百々のことだもの。一緒に育ってきた仲じゃない』

「はぁ?お前いっつもひとりであっちふらふらこっちふらふらして、ろくったいなかったくせに何言ってるんだよ」

これ以上あれこれ紫色と話しても意味がない。思うのと、それこそ口にはできないが声を聞いただけでなんとなく満足した俺は、紫色がふと黙ったそれを電話を切るタイミングにしようとし、じゃあ。と言いかけた。
が、紫色の、俺の言いかけたのとは違うニュアンスを含んだ、じゃあ。の言葉に遮られる。

『じゃあ今からそっち行くから待っててくれる?』

「はぁ?」

『百々の好きな駅前の店のレモンパイ買ってってあげるから、機嫌直してくれる?』

「いや別に俺は、」

機嫌が悪かったわけじゃない。言いかけた俺をまた遮って、

『一緒に食べてくれる?』

畳み掛けるようにして言う。
だから人の話聞けよ。俺は別に、と続けようとしても無駄だ。
紫色は受話器から顔を離し、八尋兄に「ちょっと今から分家行ってくるけど、八尋兄さんもくる?」とか言い出した。ちょっと待て。
八尋兄ののんびりと間延びした声が、じゃあレモンパイホールでふたつくらい買って行かなくちゃね。と、珍しく少し楽しげな感情を含んで受話器の向こう側から聞こえてきた。

「ちょ、ちょっと待てって。俺は別に、」

『じゃあ待っててね。八尋兄さんと俺の分のコーヒー、淹れておいて』

紫色はやっぱり俺の言葉なんてちっとも耳にかけず勝手にそう言って、電話を切った。
ツー、ツー、ツー、
俺は回線が切れた音をたっぷり両手の指分聞いてから、受話器を置いた。
溜め息。

羽流兄と真墨兄のいるリビングに戻ると、話を中断してまでふたりしてこちらを見やった。
どこか見透かしたようなニヤニヤしたふたつの笑顔に俺は憮然とした顔で、八尋兄と紫色、これからレモンパイ2ホール買って来るって。と報告した。

「そう。じゃあコーヒーたっぷり淹れなくちゃね。ちょうどふたりが着く頃がオヤツの時間だ」

「ガキ共呼んでくるか」

羽流兄と真墨兄はなんだか凄く楽しそうに笑い合い、それぞれ俺の肩を叩いたり頭を撫でたり。
なんか面白くない。俺は唇を尖らせるけれど、それでもついまた背中を丸めて撫でてもらいやすくしてしまった。
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