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羽流と百々

僕はよく眠る。
生まれたての赤子のそれとはさすがに並べられないが、でもまだ昼寝を要する園児よりもしかしたら寝ているかもしれない。
睡魔が訪れるタイミングはあまりに不意打ち。そして一度眠りにつくとなかなか起きられない。
自覚はあるが、どうも睡魔という甘い誘惑には弱い性質。

分家の長男である僕にはひとつの家を守らなければならない役目というものがあるのだけれど、僕のすぐ下の弟である百々は見た目に似合わず子煩悩で世話焼きだし、何より僕の幼馴染というか兄弟というか、本家の次男である真墨(百々にも負けぬ世話焼きのしっかり者。赤ん坊の頃から僕より真墨が百々の世話をしてきたから似たのかもしれない)がきちんと周囲に目を配ってくれるから安心だ。
一応いつでもどこにでも駆けつけられるように家の中心であり、移動しやすい廊下の壁にもたれて座っていたけれど、結局座るとほぼ同時にまた襲ってくる睡魔に負けてうとうとまどろんだ。
あぁ、これでは広い家を所狭しと走り回る子供たちの邪魔になってしまう。僕は投げ出しかけた両足を引き寄せ、縮こまって眠る。

僕は知らない間に本家分家の子供たちの中で一番でかく成長してしまった。
本家の長男である八尋さんは、子供の頃僕にとって見上げるほど大きく、揺るぎない存在に思えていたけれど、いつの間にか彼すら追い抜いた。
なんだかそのことが僕にとって酷くぎこちなく不自然なことのような気がして、僕はいつもできるだけ身体を小さく折りたたむ。
成長があまりに急激過ぎて、未だに自分で自分の大きさに慣れないのだ。

元々運動の類が好きなわけじゃないから筋肉はそんなについてはくれず、ひょろひょろ薄っぺらな身体になってしまったけれど、基本座りっぱなしの僕が立ち上がるたび、小柄なことをコンプレックスに思っているのだろう真墨なんかは「圧迫感が増すから座ってろ!」と複雑そうな顔をして怒鳴る。
とは言え、真墨は元々素直ではない性質で、大して怒っていなくとも荒い言葉使いで怒鳴るようにして言う(特に照れている時などはますます荒くなる)ので、僕も他の者も彼のそんな乱雑さなど気にしていない。
真墨は本当は細やかな気配りのできる優しい人だと皆知っているのだ。
それを証拠に、あぁごめん。と僕が座りなおすと、いや別に謝る必要は…、と目を泳がせて困り果てるのだから可愛いものだ。

きゃらきゃらと小さな鈴がぶつかり合うような笑い声が、廊下でうとうとする僕の右側から左側へと走り抜けて行く。
きゃらきゃら、きゃらきゃら、音が目に見えるとしたらきっと、小さな弟や妹たちの声は弾けるような、だけどどこか淡く優しい光を周囲全体に放っているのだろうと思う。夏の日の線香花火みたいに。
くるくると色を変え形を変える発光体。

とたとた、まだ少し危なっかしい足音が、ひとつ。ふと僕の前で止まった。

「…ハル、寝てるの?」

たどたどしい声は、幼い妹のものだ。
ハル、彼女が僕を呼ぶ時の声は、大概にして眠っている僕を起こすか起こすまいか悩むように小さく、幼いながら優しい気遣いを含んで僕に届く。
僕は彼女にそう呼びかけられるのが好きで、ぼんやり意識があってもわざと眠ったふりを続けてみたりする。

「ハル、こんなところで寝たら風邪ひくよ?」

返事を返さないままでいると、彼女の小さなもみじの手が、恐る恐る僕の髪に触れてくるのを知っているからだ。
白く、丸みを帯びた短い指はいつも内側から無限大に発生する溢れんばかりの生命力に満ち、針なんかで刺したら途端に弾けてしまいそうだと思う。
そんなことにならないよう、僕ら彼女の兄たちは、彼女を大切に大切にする。生きていることの尊さをその存在だけで証明しているかのような彼女を。女の子という、僕らとは違うきらめきを持ってうまれた彼女を。

さらり、僕の伸ばしっぱなしの髪を撫でる妹が愛しい。

「ハルはベッドの方があたたかいのに、廊下も好きなのね?髪も伸ばしっぱなしで邪魔じゃないのかしら?」

まるで童謡でも歌っているかのように微妙な節をつけて妹が独り言を呟く。
ふふ、僕はくすぐったさに笑い出しそうになるのを必死で堪え、彼女が好意半分、悪戯半分で僕の前髪を持ち上げ、ゴムか何かで結び始めるのを好きにさせた。

目を開けなくても分かる。
多分、彼女お気に入りのふわふわしたピンク色のボンボンがふたつついたヘアゴムを使って、たどたどしい手つきでちょんまげでも作ろうとしているのだろう。
彼女はいくつかそういった女の子らしいアイテムを持っているけれど、中でもそのボンボンはお気に入りだ。
そんな大事なもので悪戯してくれちゃうんだ。
生憎僕は嬉しいばかり。

まだ不器用な指が時々僕の髪を強くゴムに巻き込みちょっと痛いけれど、なんとか納得できるかたちになったらしい。
間近で僕の顔をまじまじ見つめる妹の、ふぅ、と小さくも満足げな溜め息が聞こえた。
次いで、廊下の向こうから子供たちとは違う足音が近づいてくる。

「莉世、何してんだ?イヅたちと遊んでたんじゃなかったのか。羽流兄は悪戯しても堪えないから意味ないぞ」

「モモ!悪戯じゃないよ、ほら可愛いでしょう?ハルは可愛いんだから、顔出した方がぜったいにいいと思わない?」

おませなことを言いながら自慢げに妹が笑うのを、この家の次男であり僕の弟、莉世の兄の百々は、しー、と人差し指を唇に当てているだろう声で受け止めたのが分かった。
百々だって僕が一度眠ったらこの程度の音じゃ起きないと知っているはずなのに、それでもこうして気遣ってくれている、その気持ちが優しいと思う。
多分、秘密の悪戯を共有する、共犯者のわくわくも込みなのだろうけれど。

壁にもたれて居眠りしたふりの僕の前に、僕のすぐ下の一人目の弟と妹が自然集う。
気づかれぬよう慎重に薄目を開けると、僕の前に膝をついた百々が莉世を抱きかかえ、上手にむすんだなー、と困ったような、でも楽しそうな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
百々の腕の中から莉世が手を伸ばす。
僕の頭のボンボンの具合でも見るのかと思いきや、その内側にまだミルクの気配を抱いた指は僕の頭を優しく撫でた。

「いい子、いい子」

まるで宥めるようにして。その心地よさに甘んじながら、これが母性か。僕は少し驚く。
以前、幼馴染の小袖が、女の子は生まれながらに母になることができるのよ。と言っていたのを思い出した。
あの時はさすがに僕らも年上過ぎるし、無茶だろう。と思っていたけれど、本当なのかもしれない。
僕の頭を愛しげに撫でる指は確かに、いつの間にか僕よりすっかり大人になった小袖と同質のものだ。
僕らとは違う、女、という生き物の繊細で優しい指。
誰より大きくなった僕を撫でてくれるのは、もはや小袖とこの子しかいない。
まだこんなに幼いのに。僕は妙に感動しながら、胸の奥がくすぐったくてむずむずするけど、その指に眠ったふりをすることで甘えることにした。

「ほら、モモも。いい子いい子して」

「…俺に羽流兄を撫でろって?」

「そうよ、ほら早く」

いきなりの思いつきで強請られ、心底困り果てたような百々の低い声が引きつるように半笑う。
だけど即座に促され、彼女の母性にあてられたのか、単に誰より莉世に甘い百々の弱味なのか、散々躊躇した後、おそるおそる僕の頭に手を伸ばしてきた。
触れるか触れないか、撫でられるこちらがもどかしく思うほど遠慮がちにゆるゆると撫で、これでいいだろ、と言わんばかりにすぐに離れていく。
その戸惑いを隠しもしない不器用な手を、僕は何故か無性に惜しいと思った。
だって小袖とも莉世とも違う、すっかり大きくなった僕の弟の手はそれでも、身震いしてしまいそうなくらい嬉しかったんだ。

「…撫でるならもっとちゃんと撫でてよ、百々」

思わず小さく噴き出す。
瞬間、ひゅ、と息を飲んだ百々が、腕の中に莉世を抱きかかえたまま背後に飛びのいた。
勢いづき過ぎて廊下の反対側の壁にどんっと音を立てて背中からぶつかる。

「お、おおおお起きてんならそう言えよ!心臓に悪いだろ!」

その腕に莉世をぎゅうぎゅう抱きしめたまま顔を真っ赤にして怒鳴る百々に、莉世は弾けるように大きな声でケラケラと笑った。
嬉しくて楽しくて堪らない感情を満面の笑顔で現しながら、やっと普通に目を開けた僕の眼前ではしゃいでいる。
僕は小さく折りたたんでいた身体を抱きしめ、膝頭に額を押し付けて笑った。

僕の身体は大きくなりすぎた。知らない間に、眠っている間に、誰より大きくなった。
僕はそれをもてあます。もてあまして、できるだけ自分の記憶に近いサイズに戻ろうと身体を縮めてみたりする。
だけど僕がどんなに小さくなろうとしても、肉付きが薄くてがりがりだけど、骨格だけはしっかりしてるから無駄だ。
同じ人種の本家の長男、八尋さんも似たような体格をしているから、この人種の身体的特徴なのかもしれない。
でも、それでも撫でてくれる。いつの間にか僕より小さくなった小袖も、もっともっと小さな莉世も。そして百々だってほんのちょっとだけど撫でてくれた。
僕は胸の奥がうずうずむずむずくすぐったくて仕方なくて、涙が出るほど笑った。

「…撫でてよ、百々」

強請ると、百々は複雑げに眉間に皺を寄せ、だけど仕方ねぇなぁとかぶつぶつ言いながら、莉世が一生懸命結んだボンボンを避けるようにして少し乱暴に僕の頭をかき混ぜた。
伸ばしっぱなしの髪の内側に差し込まれた指はたくましく骨ばっていたけれど、でも十二分なほど僕に優しかった。
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