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懐かしい夢

抜け切った、と思っていいのだろうか。
それとも単に完全に忘れてしまっただけなのだろうか。

答えなんて本当はどちらでもいいんだろうけど、時々無性に、具体案をほしがる癖はまだ抜けていない。

今から10年ほど前に見た夢を、ふと思い出した。



10年前の私は夢を見ている。
夢の中で私は、男だった。
私だった男は若い桜の樹の根元をスコップで掘っている。
桜は樹齢15~20年といったところ。幹はつやつやとしていて、触ると手のひらにほどよく馴染んだ。
真夜中だ。
月明かりだけを頼りに、男は桜の根元を掘っている。
ひたすら、ひたすら。できるだけ深く。
暗い暗い夜の闇の中。月明かりだけでははっきりとは見えない。
風が時折咲き乱れる桜の花びらや枝をさわさわと撫でるだけで、自分の荒い呼吸音しか聞こえない。
あとは、うるさいくらいの心臓の鼓動。
桜の根が絡みつく硬い土を掘って掘って掘って、これ以上ないくらい掘ってから、背後に無造作に転がしていたものを振り返る。
使い古したシーツでは可哀想だと思った。
それはあまりに美しかったから、せめてその全てをくるむなら新品の、糊の利いた最高の状態のシーツでなければと。
だけどここまで運んでくる過程や、やむおえず地べたに横たえたこと、掘ることに夢中になりすぎて散った土の破片でそれは汚れてしまった。

…あぁ、

男は溜め息をつく。
つぅとこめかみを汗が流れ落ちていったけれど、暑いわけではなかった。
むしろ冷たい。
桜が咲き誇る春の夜はまだ、風も冷たい。
男は全てをシーツでくるまれたそれを慎重に、大切に抱き上げて、掘り下げた深い深い、もう月明かりでは底も見えないくらい深い穴に。
だけど無造作に放り込んだ。

どさり、

地に落ちた鈍く重たい音と、崩れた土が落ちるぱらぱら細かな音。
男はそれを目視で確認することなく、そばにつきたてたスコップでもってまた穴を埋める。
ばさばさ、どさ、もそもそ、音がする。
時折風が桜の花びらや枝をさわさわ撫でるだけで、あとは自分の荒い呼吸音と鼓動しか聞こえない。
まるで耳の奥に膜が張ってしまったかのように。
私だった男は穴を埋める。
ついさっきまでひたすらに掘っていた穴を埋める。
埋めて埋めて埋めて、完全に平らになるまで埋めて、足でならす。ぎゅうぎゅうと硬く。誰にも掘り出されてしまわぬように。
そして全てが終わった後、男はそこへ寝そべり、頬を預けて目を閉じた。
深い深い、溜め息をついて目を閉じた。
達成感と快感、安堵感、愛しさと離別の名残惜しさ、寂しさ、悲しみ。そういった感情が溜め息を深くした。
男は目を閉じたまま、土に頬を預け地中に埋まったそれの音を聞こうと耳を澄ますけれど、今度は風の音はおろか、自分の呼吸音も心音も聞こえなかった。
まるで鼓膜ごと地中に埋めてしまったかのように。

さよなら。

男は声には出さずにそっと呟いた。




----


10年前の私は夢を見ている。
夢の中で私は、男だった。
私だった男は桜の老木の根元をスコップで掘っている。
桜は樹齢100~150年といったところ。幹はごつごつとしていて、触るとあまりに手に余る。
真夜中だ。
月明かりだけを頼りに、男は桜の根元を掘っている。
ひたすら、ひたすら。見つかるまで深く。
暗い暗い夜の闇の中。月明かりだけでははっきりとは見えない。
風が時折咲き乱れる桜の花びらや枝をさわさわと撫でるだけで、自分の荒い呼吸音しか聞こえない。
あとは、うるさいくらいの心臓の鼓動。
桜の根が絡みつく硬い土を掘りながら、随分と念入りに深くしたものだと自分を笑い、それからスコップを捨てて手で掻いた。
硬い土は爪の間に食い込み、ひび割れ、剥がれる痛みも忘れ掘った。
見つかるまで。見つかるまで。見つかるまで。
男の脳裏に巡り巡るは似たような、だけど絶対的に時代の違う情景。
同じことの繰り返しだ、と男はひとり声に出さずにごちて笑う。

…あぁ、

男は溜め息をつく。
つぅとこめかみを汗が流れ落ちていったけれど、暑いわけではなかった。
むしろ冷たい。
桜が咲き誇る春の夜はまだ、風も冷たい。
男は掘り下げたそこにやっと見つけたそれをぞんざいに、乱暴に鷲掴んで、掘り下げた深い深い、もう月明かりでは底も見えないくらい深い穴から。
だけど優しく拾い上げた。

はらり、

手のひらから儚く崩れ落ちる脆いそれに頬を寄せ、目を閉じる。
何度目だろうと思いながらそれでもいつもいつも、初めてのことのように心震わせながら溜め息をついた。
達成感と快感、安堵感、愛しさと再会と輪廻の実感、感動、喜び、虚しさ。そういった感情が溜め息を深くした。
男は目を閉じたまま、粉々になってしまった欠片に頬を寄せそれの音を聞こうと耳を澄ますけれど、今度は風の音はおろか、自分の呼吸音も心音も聞こえなかった。
まるで鼓膜ごと桜の樹の養分になってしまったかのように。

あぁ、…あぁ。
やっとまた会えた。

男は今度は小さく小さく声に出して言った。
その自分が発した声だけは、恐ろしいほど無音の世界にしみじみと響き渡り、あぁ、まただもう一度だと男は思って泣いた。
喜びとも悲しみともつかない、だけどどちらでもある、どうしようもなさに泣いた。
ひたすらに、ひたすらに。

桜の樹齢ばかりが増していく。
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