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double suicide

僕は落ち着きなく走り続ける足を急激に止め、勢いそのまま背後を振り返った。
無意識急き過ぎていたらしい。あの場所に立ち尽くす君の横顔が思ったよりずっと遠くにあることにひやりとする。

君の元から僕が駆け出したのは一体どのくらい前だっただろうか。
ものの10秒でこんなに酷く距離が開いてしまうことなんてあるのだろうか。
それとも、もう1分は経っている?
もしかして一時間経っていてまだここなのだろうか。
僕は時間が流れていく感覚すら麻痺して小さく震えた。
いきなり走ることをやめた両足の筋肉はまだ走り続けているみたいに緊張しっぱなしで、気を抜いたらまた前へ駆け出してしまいそうだ。

いつの間にか小さくなってしまった君の無表情に空を見上げる横顔は、一体どのくらい前まで僕の隣にあったのだろう。
踵を返してどのくらい走れば、僕らは元の距離に戻れるのだろうか。
ものの10秒でいとも簡単に埋められてしまうのだろうか。
それとも、1分は要するのだろうか。
もしかして1時間かけてもまだ到達できないのだろうか。
僕は君との距離感を測ることもできずに途方に暮れる。

気を抜けばまた走り出しそうになる両足の筋肉を抑えつけながら、僕は君と交わしたたったひとつの約束を想った。
その約束が無事昇華される日は来るのだろうか。
その約束が無残に引き裂かれる日は来るのだろうか。

「…ね、聞こえる?」

僕は無理やり止めていた呼吸を再開させた途端噎せそうになるのを必死で耐え、そのせいで発した自分でも驚くほど、思ったよりずっと切実な声色で君を呼んだ。
だけど君は相変わらず無表情のまま空を見るともなしに見上げるだけで、こちらを横目にも見ようともしなかった。
その見慣れすぎた横顔が、あまりに小さく遠くあることに僕は改めてショックを受け、これほど離れてしまえば僕の声なんて君にちっとも届かないのだと思い知った。

僕らの間に時間が経てば、距離が開く。
僕らの間の距離が開けば、時間はずれる。

「いつか、なんて当てもない約束、僕らはきっと守れない。だったら今がいい。今、約束果たそうよ。それができないなら、今ここで約束破ろうよ」

僕は何故か無性に泣きたくなった。
別に悲しいとか悔しいとか、まして嬉しいとか思わないのに。
ただ、この瞬間君と交わした約束を昇華させたいと思ってしまっただけだ。
ただ、それが叶わぬというならいっそ今ここで完膚なきまでに壊してしまいたいと思っただけだ。
何故か自分でもよく分からないけど、無性に焦るんだ。嫌な予感ばっかり募ってくんだ。
まるで、まるでそう、もう二度と君と会えなくなるみたいな。そんな気がして、それを打ち消そうとするたび不安が増すんだ。
悲しいとか悔しいとか、まして嬉しいとか、そういう感情全部飛び越えて無性に泣きたくなるんだ。
ついさっきまでそんなの全然思わなかったのに。

どうしてだろう。どうしてだろう。
どうして僕は今、こんなに泣きそうになっているんだろう。
どうして僕は今、こんなにも君と交わした約束に固執しているのだろう。

果たすことも破ることもできないとわかっている。
もうすでに僕と君の間にはこんなにも距離が生じ、時間がずれてしまった。
だけど、

「だけど今すぐ、……」

君はただぼぅと空を見上げ続ける。
その小さな横顔に、僕は思いの丈をぶつけることもできず、踵を返すこともできずに多分、また走り出してしまうのだろう。
僕の両足はどんなに抑えつけてもやはり前へ走り出そうとしている。

あぁ、今ならまだ叶えられるかもしれないのに。
あぁ、今ならまだ破り捨てられるかもしれないのに。なんて。
どちらにせよもう手遅れなのに性懲りもなく。

ふつり、途切れたのは、多分。
僕という存在でも、君という存在でもなく、僕と君が交わした唯一の約束事の、息吹。

「…先に、いって、…待ってるから」

僕は遂行することも破り捨てることもせずして息絶えた約束の、最期の一息を想って歯を食いしばった。
同時になんて。一緒になんて叶わないと、君は知ってて僕と約束してくれたんだね。
こうなることを知っていて、それでも僕の小指に小指を絡ませてくれたんだね。
次の瞬間、僕が走り出すしかなくなると。君はそこに立ち尽くすしかなくなると知っていて。
…知っていて。

僕は全てを承知の上で、それでも約束を口にしてくれた君のその、気持ちを。
押し付けてくれた額の確かな体温を。絡めてくれた小指の誠実さを。苦しげに歪められた真摯な瞳の色を。
全部ひっくるめて持ったまま、先にいく。



『いつか、…もしもの時がきたら、その時は一緒にいこう』


それはまるで、互いを強く想い合う恋人同士が示し合わせて共に命を絶つ、心中の約束のように。
口にするだけでも、耳にするだけでも、僕らの理性どころか意識もろとも全て乱暴に奪い去る魅惑的な言霊でした。
今まで生きてきた中で一番の、何ものにも代え難い、愛しくも短命な幸福でした。
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