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“彼”に関する考察レポート

彼について?
そう…だね、一年と少しばかり彼のそばにいたけれど、まだまだ分からないことが多い。
ただ一言はっきり言えるのは、彼は圧倒的に「大人」だということだろうか。
僕は様々な場面でそれなりの結果を出してきたと自負しているし、まずまず正当に評価されていると思うけれど、結局、彼の前では単なる若輩者でしかないんだ。
というより、尚悪く、単なる子供でしかないかもしれない。

彼は僕と比べること自体が間違っていることに思えるほど、圧倒的に大人だ。
時々悪戯っぽく歯を剥き出し、斜め下から僕を見上げるような仕草で笑ったり、僕らと一緒になってはしゃいでみたりもするけれど、その時さえどこか冷静に周囲を見ているようでもあった。
僕らとの距離感の取り方も絶妙だった。誰より近くにいると見せかけて安心させときつつ、どんなに間違っても踏み込めないくらい遠く離れていた。
あぁ、簡単に言えば、単に落ち着いているんだろうね。
確かに生きてきた年数だけを見ても僕と彼の間には圧倒的な隔たりがあるし、社会に出て自分の力で稼ぎ、生活をしていく面でも大先輩。
言わずもがな、経験値の差は歴然だ。
だけどまさかここまでとは夢にも思っていなかった。
僕はどこにでもいる若者よろしく、世間を甘く見ていたし、心底自惚れてもいた。

実際彼、僕と初めて顔を合わせた時、まず僕の年齢を聞いてきたんだ。
仕事の内容とかそういうの後回しにして、まずそれ。
そして答えた僕に対して、自分の年齢を口にしただけでは済まさず、僕と彼との年齢差を口にした。
それは僕と彼とが、年齢だけではなくどれほどかけ離れた存在かを、まず僕に知らしめる行為だったんだと思う。
多分、僕が「若者」然とした紗にかまえた視線でそこに立っていたことを瞬時に見抜いたんだろう。
さすがだよね。

彼は自分が一度請け負った仕事に関してものすごくシビアで、職務遂行のためなら何でも犠牲にした。
彼が今になってもまだ家庭を持っていないのは、多分忙しすぎて彼女を作っている暇がないだけではなく、そういう理由もあるんだと思う。
むしろ、わざと避けているように見える。
うん、できない、のではなく、しない、の方。
家庭と仕事を天秤にかけた時、自分が迷わず仕事を取ることを知っているし、それどころか天秤にかけることすらしないと固く決意しているみたい。
そうなった時、不幸にしてしまう人がいるわけで。
彼は多分、前もって悲しませたり寂しがらせたりすると分かっている人なんてわざわざそばに引き寄せるつもりないんだろうな。
彼はそういった優しさの使い方をする。
彼は多分あのまま独り身を貫くつもりだと思う。彼とそんな話したこともないから分からないけど、そんな気がするんだ。
何より仕事を最優先にするから、彼は家庭を持って落ち着くつもりなんてないんだ。
落ち着いたら終わるんだよ、きっと彼の中で。色々と。
大人然とした落ち着きと、家庭を持つ者の落ち着きとはまた違うものだし。
多分ね、これ多分なんだけど、彼は自分が大人然とした落ち着きを持ってしまっていることすら後悔してるんじゃないか、って思うんだ。
彼は落ち着きたくなさそうに見えるから。いつも。
変な人だよねぇ。僕に格差を見せ付けておいて。自分が一番その格差にショックを受けてる感じ。

彼の生き方は彼の手にそのまま現れていると思う。
器用に何でもこなすかと思いきや、大切なところで妙に不器用だし、ごつごつと力強く頑なで、何でもその気になれば簡単に壊してしまいそうなのに、優しくしなやかに動く。無邪気なのにしたたかだ。
お世辞にも綺麗とは言えない。いつも深爪気味だし、どっちかと言うと乾燥肌っぽいし。なのにいつ触れても汗ばんでたり熱を持ってたりしてむさくるしいことこの上ない。
だけど僕は彼のそんな手が好きだ。
何故か彼と僕は何かにつけよく握手をした。
お疲れ様でした、の握手。だから会うたび殆ど毎回してたんじゃないかな。
それだけ僕と彼は一緒に仕事をするとなると命がけとも取れるほど全精力をつぎ込んだんだ。
お陰で毎回へとへとになったよ。家に帰り着く頃には意識は朦朧。すぐにベッドにダイブ。そして目覚めたらまた仕事だよ。
いつか僕は過労死してしまうんじゃないかと思うくらいきつかったよ。
彼はよくこんなこと続けられるな、と思った。
彼は完璧だった。仕事に関してだけは本当に。

手抜きも忘れてなんでそんなに頑張ったのかって、…多分僕は悔しかったんだと思う。
彼ほど仕事にわき目も振らずいられる自信がないことを、彼を見て自覚したから。彼のようになりたいと心の奥底から思うと同時に、彼のようにはなりたくない、とどこかで思っている自分を自覚したから。
僕はどんなに彼を尊敬し彼に憧れても、彼には絶対になれないのだと思い知ったから。
だからせめて彼と仕事を共にしている間くらいは、彼のそのまま思い切り正面からぶつかっていたいと思ったんだ。
僕なりのやり方で、僕なりの全力で。
それが彼の前では単なる若輩者だった僕にできる、彼へ示せる唯一の誠意だと思ったから。
可笑しいよね、僕はどっちかっていうと手抜きに見せず手抜くのが上手い方なのに。

彼は僕をよく呼んだ。何かにつけてよく。
彼の声は特に低すぎるでもなく高いわけでもなく、少しばかりハスキーな部分を除けばさほど個性的な声ではなかった。
だけど多分今でも僕は、彼の声だけはすぐに聞き分けられる自信があるよ。
ざわざわ騒がしい雑踏の中でも。
それだけ彼は僕を呼んだし、僕と話をした。殆ど仕事の話ばかりだったけどね。
休憩時間の他愛のない雑談の中にも、彼は決して仕事を忘れなかったから。だけど堅苦しい感じは元々彼自身にないから、僕はいつもそれを不快にも思わず応じていた。
むしろ、仕事の話をする、という大前提さえあれば、僕はいつでも彼を独り占めできるのだと内心喜んでいたりもした。
彼の周囲はいつも人でいっぱいだったから、そこから彼を引き外し、自分の目の前に置けることが特別めいて嬉しかった。
多分彼は僕のそんな子供地味た独占欲も分かっていて、大人の優しさプラス、自分の好奇心プラス、必要性を考慮して、僕の前に座ってくれていたんだと思う。
簡易パイプ椅子に座った僕の前、いつも正しい姿勢で立つ彼がほんの少し猫背になって、悪戯めいた…そう、不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫みたいなあれ。あの笑顔で下から斜めに見上げるようにして笑うんだ。
笑って、向かい合わせに置いたパイプ椅子に座るんだ。
僕の名前を呼びながらね。
僕はそのたび内心はしゃいだ。本当の子供のように。

彼のプライベート?僕が知るわけないじゃない。
昔付き合ってた彼女とも連絡は取ってないみたいだし、現恋人もいないようだし。
仕事人間よろしく、他に何か趣味がありそうでもないし。
正直、僕は彼のプライベートなんてどうでもよかったんだ。
仕事人間である彼と一緒に仕事をする、ということで手一杯で、その他に目を向け掘り下げる暇なんてなかったし。
今でも彼は僕を呼ぶよ。やっぱり仕事の話ばかりだけど。
いや、僕はそれがいいんだ。それでいい、ではなく、それが。

彼のあり方は僕の人生にとても大きな影響を与えてくれた。
僕は彼に感謝しているんだ。そして、正直できればもう少しとも思ってる。
彼から吸収できるものは何でもしておきたい。まだ尚もっとあるはずだと思うほど彼の懐は広いし、彼の引き出しは豊富だ。
僕はいつか彼の元から巣立つ。彼と仕事をしてきた経験を活かし、彼から受け継げるものは受け継ぎ、だけど彼とは違う大人になる。
彼と僕との圧倒的な隔たりは、年齢だけでなくその他様々な意味でも決して埋まらないものだと思うけど、だけど彼とまたわき目も振らず過労死しそうなくらいのハードな仕事を。
今度は、彼からの直接のご指名をもらって。隣に並んでやりたいな。

彼について?
そう…だね、うん。今の僕に言えることといったら…彼は圧倒的に「大人」だということ。
彼の手は、彼の声は、彼の全ては仕事のためにあるということくらいだよ。
僕はその彼の長い人生の中、一年と少しのわずかな時間関わり、また会える日を今すでに夢見てしまうほどに。

彼が好きかって?
好きだよ。好きだね、本当に。
なんだろう、別にそういう意味じゃないんだけど、時々無性に彼を捕まえたくなってしまう。
鬼ごっこの鬼になったみたいに。
彼は多分きっと、僕と一緒にはしゃいで逃げてくれると思うんだ。
どこか冷静に周囲を見極めながら、丁度いい頃合いを見て、僕に捕まってくれちゃうんじゃないか、って。
そう、彼は多分、そんな人。
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