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見えすぎる彼の目を眩ませるために

シャ、と勢いのついた音がして、分厚いカーテンがレールの上を滑る。
その不意打ちに驚いて閉じていた瞼を開けた途端、目に酷く激しい痛みが走り、視界が一気に真っ白になった。
遮光カーテンに守られた暗闇に甘え切っていた眼球が、いきなり差し込んだ強い光に眩んだのだ。
視界を塗り潰し何も見えなくさせる、ということだけに関しては、光も闇も同じだと思った。
張り付いた結露が白く凍った窓越しに、いつの間にか朝日が昇っている。
すり硝子のように不鮮明な視界はだけど、ひっそりと静まり返った闇を絶対的な力でもって押しのけていく光を十分俺に知覚させた。

もう二度と目覚めないのではないか、と思うほど昏々と眠り続けていても、結局こうして目が覚める。
彼の手によって目覚めさせられる。
俺が、望んでいようといなかろうとそれは同じだ。
こんな目覚めの朝を迎える羽目になったのは、一体いつからだっただろう。

「夜はいつも昼をゆっくり覆っていくのに、朝はいつも夜を無理やりぎゅうぎゅうと隅に押しやっていく。随分乱暴だな。お前にそっくりだと思わないか?」

まだ光に慣れない目を強く瞑って耐える俺の頭上、勝手にカーテンを開けた犯人の声が、皮肉めいた笑みを含んで降り注ぐ。
どっちがだ。心の中でひっそり毒づきつつも、その皮膚や鼓膜に触れる音声の振動からなんとなく自分と相手の距離感を測り、今目を開けるのは止そうと判断した。
目が慣れたとしても、せめてもう少し顔と顔の距離が離れてからだと。

「おはよう。分かってるとは思うが、二度寝は許されないからな」

「分かってる」

俺はわざとらしいほどに憮然とした口調で取り繕う。
距離はまだ、近い。
腕で庇うには少し足りない気がして毛布を引き上げ顔を覆うも、軽く引き剥がされた。
ち、と舌打ちし、無理やりにでも距離を作ろうと闇雲に腕を振るが、くつくつと喉を鳴らして笑うそいつはその腕を簡単に避け、また同じ距離に戻ってくる。
俺が目を閉じているせいで何も見えないのをいいことに、からかっているのだ。
だけど寝起き一発そいつのドアップから一日を始める気には到底なれなかった俺は、頑なに目を開けない。開けさせようとするそいつとの攻防戦は、これまた毎朝のことだったりするから不快極まりない。

「いい加減に、」

しろ、と怒鳴ろうとして、ふと気配が遠のいたのが分かった。
からかうような笑みがぴたりと止まり、不思議に思って目を開けた途端、俺もまたその意味を知る。
彼の鋭い視線は窓の向こう側。
冬の透き通るような朝日の中を真っ直ぐ貫いている。

「…行くぞ」

どこに、とはあえて聞かない。
寝起きだとか朝飯がまだだとかそういったことは彼を止める理由になどならないことも分かっているから。

何の意味もない。
もしかしたらこのまま明けることなく永遠に続くのではないか、と疑うほど夜が深く全てを飲み込んでも、結局こうして朝がくるように。
人ひとりが日々全力で行ってきた働きかけを不意にさぼったとしても、なんの影響も起こらない。
もちろん歯車がひとつ止まるわけだからどこかで小さな綻びが出るかもしれないが、表向きなんてことない。
大したことない。
せめてと願うのはいつも同じで、些細な揺れにいちいち動揺したって変わらない。
全ては単に些細なことの積み重ねなのだ。

俺は着ていた寝巻き代わりのくたくたのシャツをベッドに脱ぎ捨て、慌しく適当な衣類に着替えてコートを引っ掴む。
靴下が左右違っていてもこの際気にしないことにしよう。靴を履いてしまえば誰からも見えまい。
開けっ放しになっていたドアの向こう。彼は一瞬立ち止まってこちらを振り返った。
その目はつい先刻の戯れが嘘か夢みたいに、殺意地味た物騒な光を灯して俺を射抜く。
朝日とも夜の闇とも似た彼の深い深い両目は、やはり俺の視界をそれだけで塗り潰してしまうものだ。
それに魅入られるなんて絶対にごめんだと思う。
この距離でこれなのだ。俺は至近距離で目を開けるなんて馬鹿な真似はしないと決めている。

俺が床を蹴り上げるとほぼ同時に彼もまた俺から視線を前方に素早く投げ打ち、走り出した。
置いて行かれてなるものか。
俺は、ただそれだけを思って彼の背中を追いかける。

彼だけが知っていて、俺が知らないことが多すぎる今は、まだ。
俺だけが知っていて、彼が知らないことを彼に伝える義務なんて、多分俺にもない。

飛び出した下界。未だ闇に凍らされた気配残る空気が頬をきゅうと冷やした。
首に引っ掛けたマフラーを巻きつけようと手を上げた俺の肩を、彼の手がぽんと叩いて行く。
耳元、微かに聞こえた低く、真剣な声が俺の名前を呼ぶ。
俺はつい顔を上げ、するりと俺の隣をすり抜け先を行く彼の背中を見た。
慣れたはずの目がまた眩むのは、俺を覆い尽くし守ってくれる暗幕が彼の手によって乱暴に、一気に引き剥がされたからだ。
きっとそうだ。
だから俺はそう遠くない未来、彼の暗幕を引き剥がさなければならない。
彼にもまた、目が眩むほどの眩い朝日を当ててやらなければ。彼が俺の目をそうやって塞いだように、彼の見えすぎる目を塞いでやらかなければならない。
それができるのは、多分俺しかいないから。

俺はまた、俺の少し先を行く彼の背中を追いかけた。
あわよくば追い抜いてやろう。口端歪めてそう思う。
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