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“らしくない”と笑ってください

限界まで手を伸ばした、それより僅か上回る高さにある段差に、せめて片手だけでもと全力でジャンプを繰り返す。
全身のバネを使って、全気力振り絞って、引っ掻いては落ち、引っかかっては落ちを繰り返す。
だけど僕は諦めない。
その段差の上に、君の気だるく投げ出されたスニーカーのつま先があることを知っているからだ。

片手だけでも、親指以外の4本さえあの段差に引っかかってくれれば、後はなんとかなる。
登れる自信がある。
絶対に這い上がってみせる。
丁度目線の先に太陽があるもんだから、眩しくて仕方がない。
僕は顔をしかめてジャンプを繰り返す。

…っち。僕としたことが、らしくもないことを。

思わず舌打ちと自嘲の独り言が漏れた。

「…何ムキになってんの」

不意に、段差の向こうから君の不思議がるような声が降ってきた。
次いで、太陽光を遮る人影ひとつ。
逆光のせいでその表情は見えなかったけれど、それでも僕は、君が、なかなか飛びつけずにいる僕を呆れ半分面白がるように笑って見ていることが分かった。

本当だよね。我ながららしくないと思うよ。
だけど、どうして君が登れて僕が登れないんだろうって思うと悔しくてつい、ね。
君は僕より小柄なのに。

僕は恥ずかしさや悔しさを全面に出すことを必死で抑え、地団駄を踏む代わりにつま先で地面を突付いた。
上等な革靴越し、硬いコンクリートの感触が憎い。
君は小さく喉を鳴らす笑い方で僕を見下ろし、僕の方が身軽だからじゃない?といとも簡単に言ってのけた。

君越しに降り注ぐ太陽光が眩しくて敵わない。
僕はしかめっ面のまま、逆光で見えない君の両目を見上げ、真っ直ぐ指差して宣言する。

待ってて。すぐそこまで行くから。

君はやはりどこか気だるげに首を傾げ、くつくつと笑った。

「言われなくても、ずっとちゃんと待ってるよ」

僕は知らずこめかみを流れる汗を指先で撫で拭い、また顔を引っ込めてしまった君の元に辿り着くため、もう一度ジャンプを試みた。

「でも早く来てねー。せっかく日向ぼっこしようと思って誘ったんだから、太陽が沈む前には来てもらわないとー」

くつくつと楽しげに笑う君の声が、太陽光より確実なものとして僕の頭上降り注ぐ。

…よく言うよね…。
いきなりこんなとこに来ようなんて言い出して、僕を置いて先に登ってしまったのは君なのに。
我侭なのは今に始まったことじゃないけど、…さ。

僕は苦笑を滲ませながら、もう一度、とジャンプをする。

こんなの、僕らしくないことなんて百も承知。
こんな無様で格好悪い姿、他の人になんて絶対に見せたくない。
そもそも、どうして僕はこんなことをしているんだろう、と思わなくもない。
革靴履いてお洒落して、君とデートだなんて軽口叩いていた数十分前が懐かしい。

「本当、らしくないよね。でも、そういうとこ知ってるの、僕だけだよね。…それはそれで新鮮で楽しいかも」

君のご機嫌な声が降り注ぐ。
現金な僕はつい先刻まで懐かしんでいた過去をたったそれだけでいとも簡単に振り切って、疲れ始めた足を無視し、思い切り地面を蹴り上げた。
掴んだコンクリートの、ざらざらとした感触。
その上から、君の華奢で乱暴な指先が重なり、それは思ったよりずっと力強く僕を空へと引っ張ろうとする。
ガリガリ、革靴の底で壁を蹴り上げ、僕は君の待つ、君いわく「僕だけの秘密の、空に一番近い場所」へと足を踏み入れた。

お待たせ、僕のお姫様。

息切れを隠すように微笑み軽口を叩けば、君はきょとんと目を丸くした後、どうでもいいけど髪乱れてるよ、とケラケラと無邪気な笑い声を上げた。

らしくないことくらい百も承知。
こんな子供みたいな我侭に振り回されて、汗はかくし息は乱れるし革靴に傷は入るしで散々だ。
だけどそれでも目の前、どんな僕を見ても楽しげに笑う君がいたりなんかするもんだから、やはり僕は現金なのだと再度実感を深めるに留まってしまうのだった。

…戻ったら革靴磨かなくちゃ。

僕は呟き、とりあえず今は、君いわく、君だけの秘密の場所である「空に一番近い場所」を堪能することに決めた。
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