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夜が来るよ。

人々が行き交う喧騒の中。
無数のそれら人間が発する言葉をいちいち拾い上げるほど人間を愛せず、だけどそれらを完全に遮断できるほど人間を嫌えない僕はただ、ざわざわとただのノイズに成り下がった騒音をすり抜け歩いていた。

胸に抱いた甘く華やかな香りのする花束やリボンのついたプレゼントはきっと、胸にぽっかりと口を開けたまま埋まることない穴と交換条件に手に入れた幸福だ。
あの子の誕生日を共に過ごすこの喜びはきっと、あの日彼に穿たれ胸に開いたこの穴と引き換えに与えられ守られ続けている。

この空虚が埋まる日なんてきっとこない。
彼が僕の前に戻ってきてくれる日がこない代わりに。

『--- 
   ----
      -- 』

家路を急ぐ僕の周囲、ただのノイズだったそれらの合間、この耳が拾い上げてしまった声の欠片は、僕の名前を呼ぶ彼の声に変換されて脳内虚しく木霊した。

「…あぁ、」

思わず立ち止まり、雑踏の中彼の背中を探してしまった僕は、溜め息に似せて密やかに声を零す。

あぁ、僕はこんなにも。
こんなにも彼を探して未だ迷う。
こうして胸に花束やプレゼントを抱え、それを渡す相手がいて、そして僕の帰りをただ待ってくれる人がいる。
僕はその帰路に迷わずつけるこのつま先を持っているというのに。

胸にぽっかりと口を開け、閉じる気配もないそれを抱え、その身代わりに抱く幸福のなんと悲しく愛しいことか。
噛み合わない空虚と幸福でこの両腕はいっぱいだ。
大切にしなければ、大切にしなければと強く思えば思うほど、どこかで僕は、彼が僕の前に戻ってきてくれるのなら何でも捨てて行ける、…なんて。
彼が聞いたら本気で怒られてしまいそうなことを考え急いで首を振った。
そう簡単に捨てられるものではない。
そんな軽いものだったなら、僕は最初からここにはいない。
それが本当に大切だったから、捨てられなかったから、そのことを僕よりずっと分かっていた彼は僕の目の前から姿を消し、無茶苦茶だと言うしかないくらいの力技で無理やりにでもと僕をここに留めたのだ。

人々が行き交う喧騒の中。
俯いていた顔をめいっぱい上に持ち上げて、短い期間にあっという間に乱立したビル群のせいで、昔に比べて随分と狭くなった空を見上げる。
夕暮れ近づく空はそれでもまだ青々とそこにあり、この空が続くどこかに彼もまたいることを。そして時々は僕のように僕を思って空を見上げてくれていることを、情けないほど切実に願う。
もうそうすることでしか、僕は彼を想う言い訳を考え出すことができないのだ。

家路を急ぐ人々と同じように、僕は僕の帰るべき場所を知っている。
だけど迷う。
だけど立ち止まる。
彼が家路をなくし地図を放棄した身代わりに手に入れた幸福を、僕は抱え切れずに途方に暮れる。

『-- 
    -----
       --- 』

声の欠片にすら彼の断片を見出してしまう喧騒の中。
僕はひとり、家路に迷わずつけるつま先を持っているはずなのに。その場から一歩も動けずに、ただ呆然と夕暮れを見守った。

あぁ、夜が来るよ。
彼だけがいない幸福な夜が。
花束と、プレゼントと、埋まることない穴を抱えたままの僕の頭上に。
また。
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