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本当にずるいのは、

ドアを開けた君は、いつものように朗らかに朝の挨拶をすることなく、どこか思いつめた表情で僕の目の前に立った。
何かに怯えるような肩はいつもより狭く縮こまって、視線は足元から上がる気配もない。
ぶら下がった両手は膝元で行き場を探して、布地を緩く、強く握っては離す。

僕はつい、何が怖いの。と問いかけそうになっては飲み込んで、君から言葉を発するのをひたすら待った。
愚問だと思ったからだ。
君が怯えるものと言ったら僕しかないことくらい、僕はおろか周囲全ての者にとっても当たり前のことだった。
君に怖がられるようなことをした覚えはないし、君にこんなに怯えられるのは僕の本意ではない。
だけど僕の心の構造と君の心の構造の違いはあまりに明確過ぎて、その違いは距離や溝の深さなんてものや、単に「正反対」という言葉で言い表すにも難しいくらいだ。

思いつめた表情のまま僕の前に立ち尽くす君に、いつものように逃げればいいのに。と慰めの言葉を口にしようとして、僕はそれも飲み込んだ。
幾ら僕が「僕の前から君が逃げてもちっとも傷つかないし、気にしないよ」と本心から言ったとしても、君は安心して僕から逃げることなんてできないと知っているからだ。
だけどこれでは君はわざわざ僕の前で怯えるためだけにここにきたことになってしまう。
それはあまりに君が可哀相だと思う。
どうしたら。どんな顔をすれば。どんな言葉を投げかければ、君は僕に対する恐怖心を少しでも和らげてくれるのだろうか。
僕は君に怯えられるたび、ぐるぐると考えるけれど。
何一つ思いつかずに目の前立ち尽くす君を眺める。

ひゅ、
君の喉が微かに鳴った。
胸の内側燻っていた何かを言葉にしようと、思い切って息を吸い込んだのだと分かって、僕は内心身構える。
俯いたままだった君が、今にも泣き出しそうな顔で僕の両目を真っ直ぐ見据えた。

「…僕は、…僕はずるいんだ。誰より。…君よりずっと」

先刻まで僕のつま先さえ見ようとしなかった君とは思えないほど、君は真っ直ぐ僕の両目を貫いた。
その両目は子供のそれのように透明で、逆にそうあることで奥が見透かせなくて怖いと僕は思った。

「一晩中考えてた。君に言わなくちゃと思って。僕はずるいんだ。だけど、どうか、…僕を嫌わないでほしい。好きになってなんて我侭言わない。ただ、僕のこと嫌いにならないで」

君に嫌われたくないんだ。
君に怖がられたくないんだ。

君はぽつりぽつりと言葉を零し落としていく。
両目は未だに僕の両目を貫くくせに、その真っ直ぐさ裏腹言葉は君の唇からゆらゆら頼りなさげに地面に落ちた。
先刻、君が俯いたまま見つめていたつま先の周囲に散らばるように。

…あぁ、そんな言葉、君に言わせたくなかったのに。

僕は内心深々と溜め息をつく。

「僕はずるいんだ」

繰り返す君は確かに、ずるいと思う。
僕が言わなければならなかった言葉を代わりに君に口走らせた上、それは僕の台詞だよと笑ってあげることもできない僕よりずっと。
もういいから逃げてよ。早く、今すぐ僕の目の前から逃げて、安心していつもみたいに笑っててよ。
そう慰めの言葉を口にしようとして、声が出ないことに気づいたのに飲み込むふりしてごまかした僕よりずっと。

「ずるくてもいいから、…怖がらないでよ」

君のガラス玉のような瞳から逃れるように視線をつま先に落とし、僕はそんな君よりもっとずるい言葉を口にした。

ずるいのはお互い様じゃない。
僕は君のこと好きだよ。

僕の心の構造は、伝えたい言葉を君に真っ直ぐ伝える術を知らずに口ごもる。
低く抑えた視界の端、僕を真っ直ぐ見つめていた君が僕と同じように俯き、微かに笑うのが見て取れた。

本当にずるいのは、どっち?
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