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卑怯さと残酷さの定義(メモの処分)

人がこの世に生まれ出でる前から体内に常備品として抱く「寂しさ」は、目に見えない分だけ露呈することを恐れるもの。
「寂しさ」はぽかりと空いた穴によく喩えられるけれど、もしかしたら穴と言うよりもっと確固たる姿を持った異物に近いものなのかもしれない。
それは目に見えないから、穴にせよ物にせよ、不安定で不規則であることには変わりないから、結局どちらかに決定しなければならないものではない。
「寂しさ」をどう紛らわせたり、慰めたりするかが問題だ。
他の何かで適当に補おうとしたり、勝手に違うものに変えてしまおうとしたりするのは、ただの我侭であり、ただの卑怯な逃げの手だ。
だけど悲しいかな、人がこの世に生まれ出でる前から体内に常備品として抱くものは、「寂しさ」だけではなく、「我侭」であったり「卑怯さ」であったりもする。
それが人だと真理を笑えば、心裡は人の内にだけ。と人が笑った。

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彼は優しい。
彼は優しいから、優しすぎて残酷な時がある。
彼は優しい。
彼は優しいから、優しすぎるから、冷たいその手が曖昧で、こんなにも求めているのに不意に恐怖に駆られて拒否したくなるほど、叩き払ってしまいそうになるほど、残酷だ。
彼は残酷だ。
彼は残酷だから、残酷すぎるから、必死に生きてるし余裕をなくさないしで、酷く人間くさくて温かい。
手が冷たい人は心が温かいのだと嘯く人が笑うけれど、それはもしかしたら本当なのかもしれないと時々思う。
それだけ彼の手は冷たく曖昧で、優しい。

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古い古い、言霊でした。
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