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嘘使い

一日の内、夜明け前が一番、嘘がつけない寂しい時間だと思う。
さらさらした手触りの夜の闇が透明な光に溶け、白々と薄められていく様を、僕はよくひとりで眺めていた。
逆に一日の内、黄昏時が一番、嘘がつきやすい重たい時間だと思う。
ゆらゆら揺れるどこか危なっかしい光が、じわじわと夜に塗り潰されていく様を、僕はやっぱりひとりで眺めていた。

夜行性の肉食動物にも、昼行性の草食動物にもなりきれなかったどっち付かずの僕は、夜明け前と黄昏時だけを手にひとりになった。

負けてたまるか、死んでたまるか、生きてやる、生き抜いてやるんだ。
…なんて、さほど深刻に考えてたわけじゃなかったけれど、僕は無意識、そうやって気を張っていたのかもしれない、と今なら思う。
あの頃の僕の手のひらの上に残されていたものは、夜明け前と黄昏時だけだった。
だから僕はそれがどんなに寂しく重たい時間でも、夜明け前と黄昏時をひとり生きることを自分に課していたし、それ以外選択肢さえなかった。
寂しさも重たさも、僕にとってなくてはならない必要不可欠な生きる糧だった。
上手に嘘をつけてもつけなくても、ひとりなら関係なかった。
その時間帯は、胸いっぱいに吸い込んだ空気をそのまま、深く深く。限界まで吐ききってしまえば、上手だろうか下手だろうが嘘は結局嘘でしかなく、他の余計な何にもならないでいてくれた。
そうやって嘘を溶かし、嘘を抱いて生きた。

何のためにそこまでして生きていようと思っていたのか、いつしか僕は忘れていた。
目的のために生きていたはずが、いつの間にか生きるために目的を忘れてしまったのだ。
これでは本末転倒はなはだしい。
彼と再会することでそのことに気づいた僕は、自分の弱さと浅はかさを詰った。

彼が、僕の生きる意味そのものだったのに。




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「…ごめんね」

僕は謝る。
目の前佇む彼を、途方に暮れた子供みたいと悲しみ、同時に懐かしく思ってしまうのは、きっと僕だけなんだろうけれど。

「  、ごめんね」

僕は謝る。
僕は今までひとりだった。
夜行性の肉食動物にも、昼行性の草食動物にもなりきれなかったどっち付かずの僕は、夜明け前と黄昏時だけを手に、必死に生きてきた。
何より大切に守ってきた。
それしか、守るものがなかったくらいに。
その唯一だった時間をなくせばきっと、自分は死んでしまうと全神経を張り詰めてたくらいに。
だけど必死になりすぎたが故にすっかりそもそもの目的を忘れ、いつしかただがむしゃらに生きるだけになっていた僕は、彼に会うことで彼という目的を思い出した。
忘れることで、僕が彼を完全にひとりにしていたことを思い知った。
結局、彼を孤独にさせたのも、本当の意味で孤立させたのも僕だったのだ。

だから彼に謝らなければならないと思った。
謝罪を口にした僕の目の前、ただ佇む彼が迷子みたいな目で揺らいだから、僕は後先考えず、今自分の手のひらの上にあるもの全てを。夜明け前も黄昏時も、全部彼にあげたいと思ってしまう。
それが寂しさや重たさばかりを伴うものだと分かっていてそれでも尚、僕は僕よりずっとひとりだった彼に、受け取ってもらいたいと思う。
切実に。

「  」

呼ぶと、彼は僅か、目を細めた。
返事の声がなくたって、僕はそれだけで十分だ。

「…あげるよ、全部あげるから」

だから、ひとりにしないで。
ひとりにならないで。
もうひとりにさせないで。

お願いだからお願いだから、今にも膝をつき全身全霊で君を呼び請い求めてしまいそうになる僕を、哂ってください。
お願いだからお願いだから、今にもその胸に積もりに積もった不安や悲しみで泣き出しそうな目を、しないでください。

お願いだからお願いだから。
君に再び出会うまでは死ねないと。そう思いながらいつしか死なないことばかりに夢中になって忘れ、ただ必死に生きてきた僕を。
君をひとりにさせた僕を。
大切なものを全部投げ打ってでも、なくしたらもう生きてかれないと思うくらい大切な、寂しく重たいものを全部君に差し出してでも。
そうしてでも君を「ひとり」から解放し、君に添いたいと希う僕を、許してください。

矛盾と知りつつ強く強く思う。
ただがむしゃらに想う。

だけど想えば想うほど。
彼は確かに今、僕の目の前にいるのに。
それでもつい、会いたい、と呟きそうになる。
僕も彼もまだ、ひとりなのだと身に染みる。

僕はずっと嘘をつき続けて生きてきた。
自分自身にも嘘をついて、騙して生きてきたのだ。
だから夜明け前という嘘がつけない寂しい時間と、黄昏時という嘘をつきやすい重たい時間を、ひとりで過ごしてただの溜め息にしてごまかしてきたのだ。
他の何にもならないように。
なってしまわないように。

全ては、彼に再び出会わんがために。
その刹那のためだけに。
夜行性の肉食動物にも、昼行性の草食動物にもなりきらず、夜明け前と黄昏時にひとりになる。
そう生きることを自ら選んだのだ。
嘘が鮮明になる時を溶かして、嘘が儚くなる時を抱いて。

「…全部あげる。あげるから」

寂しく重たい嘘を使ってでも、僕に。君をもう二度と「ひとり」にさせないで。
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