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風の中で唯一、生きる者

走って走って。誰より早く。
走って走って。己を限界まで研ぎ澄ませるために。

それだけのために全て捨ててきた。
少しでも邪魔なものはことごとく手放し、時には容赦なく踏みにじりもしたし、必要とあらば迷うことなく生贄代わりに差し出しもした。
過去に置き去りにした遺物たちが、どこでどのように腐り果てていったか。
塵になったか化石になったか、何の糧になったか。その後にもはや興味などなく、どうでもよかった。
そんなもの、いちいち気にしている暇などない。

ひとり疾走するその過程で、頬にぶつかる風はあまりに冷たく、鋭かった。
手を伸ばし、目に見えぬ抵抗感に爪を立て、引き裂くように風を切った。
それでも次から次へとぶつかってくる風に、牙を剥き、喰らい付いて引き千切る。
邪魔なものは全て、そうやってわざと無残な形に変えて、後ろへ、後ろへ。
使えるものなら何でも虐げ、足下へ足下へ。
がむしゃらに走って走って走って。
気づけば、自分ひとり分の周囲を冷たく鋭利な風だけで固めていた。

ふ、と己の手のひらを見下ろす。
微かに震えるそれを見て、まさか、と思う。
まさか、凍えているとでも言うのか?今更?こうして生きることを自ら選択した自分が?
この風の中、ずっとひとり生きてきたというのに?
…馬鹿な。

ぐ、強く目を閉じた。

冷たく鋭利な風は、強固な鉄壁と同等だった。
だから纏うことを選んだではないか。
だからひとり生きるのではないか。生き延びてこられたのではないか。

あの日。あの場から目を逸らし、この背を向けた刹那から。

ふ、自嘲にも似た吐息が零れる。
微かに震える手を強く握り締め、そうすることで震えを止めた。
そう、止まるのだ。震えなんてこうもたやすく。

俺は閉じていた目を開く。





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次の一歩目。
踏み出せばきっと、「今」が変わる。
そう思った。
どう変わるのか、何故変わるのか。そんなものちっとも分からないけれど。
分からないなら分からないで、一歩踏み出してしまえばいい。
そうすれば分かる。否が応でも。

眼前、瞬きをも忘れたかのようにこちらを睨みつける者の強い気配を感じながら思う。

己が選択した道をひた走るためだけに全て捨ててきた。…はずだった。
なのに不可思議なものだ。
全て捨てたはずの己の心の虚の闇奥深く。刹那瞬く微かな光を哂う。
未だこんなものが残っていたのか。
皮肉にもこんな、一番不必要であり一番邪魔なものが。
主である自分の視線から逃れるように、ひっそりと息を殺しこんなところに。

ひとり分の冷たく鋭利な風を纏うて周囲からこの身を孤立させる自分と正反対のように、内部から溢れんばかりの熱風を纏う者。
だが、その熱風もまた、ひとり分でしかない。
その者もまた、己を孤立させている。
ひとり孤高に生きてきた、その半生を何より明確に証明するように。

全くの正反対なはずなのに、自分達はあまりに似すぎている。

そう、だから。
次の一歩目。踏み出せば。
本当に何かが変わるのだろう。

巡り会うべくして巡り会った。
再会とも取れる運命地味た瞬間。
そうとしか思えないほどの緊迫感。明らかな変化を目前にした高揚感と僅かな恐怖。見通せぬが故の期待と不安。
それは多分、自分だけではなく相手も感じ取っているのだろう。
く、相手と自分の喉が鳴ったのが分かった。
それは、獣が獲物を飲み下す刹那の音によく似ているように思えた。
飲まれるのは。飲み下すのは。
己か相手か。
そんなもの、踏み出してみなければ分からない。

無意識の内、俺は手を伸ばしていた。
その指先に何が触れるか、分からないまま。

手の震えは正面から受ける熱風に晒され、もはやどこにもいなかった。
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