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断片的な景色

大通りを少し横道に入り、進む建物と建物の合間。
狭い小道に面した大きなガラス戸は、半分から下がすり硝子、上が透明な硝子をはめ込んだもの。
触れると当然硬く冷たい。横に引くと鍵はかかっておらず、カラカラ、小さな音がした。
色あせたフローリングを素足で歩く。
足の裏に僅か埃や汚れ、子供たちの気配。
今は誰もいないけれど、託児所か保育園の類の建物だと思う。
しんと静まり返っているものの、そこに掠れ残った気配たちが幼く騒がしい。
壁際に大きなメタルラック。
その下には尻尾が千切れてしまった大蛇が拗ねて潜り込んでいた。
リリス、と声をかける。
当然返事はない。
可哀相に、と千切れた尻尾に触れようとすると、するり、滑るようにしてそれはこの手から逃げた。
抱き上げてあげたかったけれど、私の手にはあまるほどの体躯に育った彼女を狭いメタルラックの下から引きずり出すこともできない。
父に見つかってはまずい、と思いながらも、頼めるのは父しか思い浮かばなかった。
父を呼び、一緒にメタルラックの下から大蛇を引きずり出し、その頭を私が押さえつけ抱き上げた。
父は彼女の体躯を抱き上げる。
そのまま、彼女がいるべきケージ代わりの一室に運ぶ。
もはやリリスに一部屋占領されているのだ。
ずしりと重たい。
だけど不思議と重みと共に感じる苦しさのようなものは全く感じなかった。
父は眉間に皺を寄せ、恐ろしそうに腕の中の彼女と、彼女を大切に抱く私を睨んだ。
何故黙っていたんだ、こんなもの飼うものじゃない、と父は言った。
ごめん、逃がすつもりはなかったんだけど、と私ははぐらかすように言った。
噛み合わない会話に父は苦笑した。
リリス、と抱いた頭に声をかける。
当然返事はない。
だけど種類からしてこんなに大きく育つはずがない、規格外の体躯になった彼女は、私がペットショップから連れ帰ったあの夜とも、日々傍で育って生きている時とも全く変わらず、チロチロ舌を出しては周囲の気配を探っていた。
大きくなってもならなくても、リリスは弱視のままだと知った。
まん丸な黒い瞳で視るものなんて、たかが知れている。

リリスの部屋に彼女を戻し、父にお礼を言ってから、私もその中に入ってドアを閉めた。
父は何も言わずに帰っていった。
多分、あの託児所か保育園の類の建物に戻るのだと思った。
何故リリスはここから脱走してあの場所に行ったのか分からないし、何故私はリリスを探してあの場所に行ったのかも分からない。
すっかり大人しくなった彼女の頭を膝に抱き、私はうとうと、そのまままどろんだ。
大蛇に育ったリリスは私なんて簡単に飲み込めるんだろうな、と思いながら。
リリスの肌は大きかろうと小さいままだろうと変わらず、ぬるく、すべすべとしていた。

千切れ落ちてしまった尻尾の先を持ち帰るのを忘れたな、どうして千切れてしまったのだろう、でもリリスが死ななくてよかった、とぼんやり思う。
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