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欲しかったのはただ、

『待て、そこから動くなよ!今から向かう!』
不意に陥ってしまった真っ暗闇の中。
手のひらの上、彼と繋がる端末機から、彼らしからぬ酷く焦った声が聞こえて、思わず鼻で笑ってしまった。
そんなに何を焦るのだろうか。
「俺に命令するな。俺がここから動こうがどうしようが、アンタには関係ないことだ」
できるだけ早口でそう捲くし立てるように言った後、喉の奥がひくりと痛んだ。
『…な、…?』
微かに伝わってくる息を飲む気配に、喉奥の痛みは増す。
俺が口走った言葉に対して、純粋に驚き、不思議がっている様子だった。
予想通り怒声や叱咤が聞こえてこないことを知り、これ以上、会話を交わすことは不可能だと思う。
「ばっかじゃねーの」
できるだけ冷たく、突き放すように言うつもりだったのに、少しばかり失敗して震えてしまった。
悔しくて、主電源からオフにする。
切ったところで、それを投げ出すことなんてできないのに。
ぎゅう、
強く手のひらに握り締めてまた鼻で笑った。

この手のひらに強く握り締め手放せない端末機ごと、彼をも捨ててしまえばいいのに、と他人事のように思う。
それは実はとても簡単なことで、今すぐその気になればできることだ。
これを投げ捨て踏み壊し、後ろを振り返らずに歩けばいい。
なのに、地面に投げつけようと振りかぶるのに、それを握り締める手から力が抜けない。
それどころか、足は震えるだけで硬直し、ここから一歩も前に進めそうになかった。

…簡単に、捨てられたらどんなにいいか。
「…っち、」
思わず舌打ちした。

早く。
早くここから離れなければ、彼は来てしまう。
たったひとりででも。
ここがどんなに危険な場所であろうと、彼は関係なく来るだろう。
勝手な行動に出た挙句、勝手に危険な状態に陥り、やっと連絡が取れたと思えば命令を無視し主電源を落とし。
己の失態に混乱し、ただの八つ当たりのような子供地味た言葉でもって拒絶した俺を、それでも。
それでも、…俺を迎えに。

「こんなところにいたのか」
背後、真っ暗だった空間に細い光が差したと同時に、彼の声がした。
「…早かったな」
振り返らずに、できるだけうんざりした口調を心がけて言う。
そうでもしなければ、今にも彼を振り返り、彼の眼前で無様に膝を折ってしまいそうだった。
近づく彼の足音が、俺の背後で止まった。
「   」
「俺の名前を呼ぶな」
肩に伸びた彼の手ごと、咄嗟に拒絶する。
「…どうした?」
それでもそんな俺の態度に不快感すら見せず、純粋に不思議がる気配しか見せない彼。
無性に、理不尽と分かっていて腹が立った。
「アンタ何してんだよ!こんなとこに来てる場合じゃないだろ!」
彼が崩して入ってきた隙間から差す僅かな光を頼りに見える程度の、狭い落とし穴のような空間に、俺の、どこか焦った声が響いた。
汗ばんだ手のひらに握り締めた端末機を壊して歩き出そうとしたって、こんな狭い空間で、一体どこへ行けばいいと言うのだろう。
「アンタの向かうべき場所は違うだろ!急がないといけないだろ!」
ぎり、端末機を握り潰してしまいそうになるほど、力を入れた。
彼を真っ直ぐ見据えることなどできない。
こちらを真っ直ぐ見つめる彼から目をそらすことは、敗北を意味するようで悔しくてしたくなかったけれど、どうしても顔を上げることができなかった。
彼の視線は真っ直ぐに俺を見つめ、
「もう少し、俺を信用したらどうだ」
静かな、自信や生命力に満ち溢れたいつもの彼の声が俺を制する。
「   」
「俺の名前を呼ぶな!」
伸ばされた彼の手を、その声ごと振り払う。
「   」
それでも彼は俺の名を呼ぶ。
耳を塞いで逃げ出したくなるほどに、真っ直ぐ俺を呼ぶ。
少し乱暴なほどの力でもって、両肩を掴まれた。
「痛い。離せ」
振り払おうにも、払えないほどに。
「   」
「…何で…」
「   」
「何でアンタ、俺を呼ぶんだよ。俺を探したりなんかして、貴重な時間をロスする?俺なんか放っておいてくれよ!このくらい、自分で脱出できた!」
「   」
「呼ぶな!」
「…少し、黙れ」
彼は俺を制するように静かに、言った。
彼が崩して入ってきた隙間は人ひとり分の狭い穴で、そこから差す光は僅か。
だけど狭いこの空洞を何とか見渡せた。
何もない、空っぽな狭い空間。
俺と彼以外、何も。
ぎり、握ったままの端末機。
「…無事でよかった」
彼の言葉は吐息と見まごうほどにか細く、彼らしくないものだった。
「俺から離れるなと言ったはずだ」
「…アンタの命令なんて、」
言いかけた俺を、彼は首を振ることで遮る。
「命令じゃない」
「じゃあ何だよ!」
「願いだ」
「願いだと?」
間近の彼を睨む。
すると、彼は、やっとこっちを向いたな、と笑った。
そこにはすでにいつもの強気な彼の顔があった。
「戻るぞ」
俺の肩を押して促す。
それを振り払った。
今度は、簡単にその手は離れた。
「   」
「…呼ぶな」
「俺は何度でも呼ぶぞ。お前が望むだけ何度でも」
「…は?俺は呼ぶな、と言ってるんだ。寝言は寝て言え」
「そうかな。俺にはもっと呼んでほしい、と聞こえる」
「…アンタ、馬鹿じゃないのか、耳鼻科に行って検査してもらえよ、…アンタ、」
おかしい。
そう、言ってやりたかった。
声が途切れてしまう。先が続かない。
「   」
彼の声は、こんな狭い空洞に静かに染み渡るようによく響く。
俺の抗う声なんかよりずっと、力ある響きでもって。
「俺から離れたお前を迎えにくるのは、俺しかいないだろう」
俺から離れるな。一緒に戻るぞ。
はっきりと、きっぱりと。
彼の声には迷いなどない。
こうして足を引っ張る俺を、それでも何度でも迎えにくると、彼は言う。
何度でも名前を呼ぶと。
「…アンタがそんなんだから…」
彼と繋がる、握り締めた端末機。
光差す、彼の開けた出口。
「   」
「…なんだよ」
「愛してる」
初めて耳にする聞き慣れない言葉に驚いて顔を上げると、そこにはやはり、いつもの自信と生命力に満ちた彼の笑みが、俺に向かって手を伸ばしていた。
「…寝言は寝て言えよ」
必死に鼻で笑うも、目頭と喉奥がどうにも痛くて唸ることしかできなかった俺は、端末機を握り締めたまま固まってしまった手と逆の手を、彼のあたたかい、強い手に引かれた。

彼が開けた隙間から、眩い光差す、出口の方へ。

俺が欲しかったのは、ただ、…
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