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似非童話「待ち人」

昔々。
それは願い事ならなんでも叶っていたくらい昔のお話。

ある雪深い街に、ひとりの青年がおりました。
大体の人間は大人になるために平気で、生まれた時に神様からたった一度だけ授かる、子供にしか見えないものが沢山見える大切な瞳を、簡単になくしてしまいますが、この青年はその瞳をとても大切に持ち続けておりました。
家族が差し出す何の変哲もない銀のスプーンの、少し傷が入ってくすんだ光すら彼の瞳にはとても眩しく見え、このきらめきすら簡単に慣れてしまうなんてとってももったいない、と思うのでした。
そしてそれで掬い取って口に運ぶものは何でも素晴らしいものに感じられ、いつも特別な気分でその銀のスプーンを手に持ったものです。

ある日、青年の住む街に大雪が降りました。
青年の住む街にはいつも雪に埋もれておりましたが、いつもよりももっと柔らかで美しい大雪に、青年はその白の眩しさに驚き、大変喜びました。
音もなく降り積もる白は、夜から朝にかけて、街のありとあらゆるものを埋めてしまいました。
そしてそれは昼になっても、また夜になっても降り止むこともなく、後から後から空の高みから降り落ちます。
家族の者も近所の者も皆その雪の量に恐れ戦き、家が重みに潰されてしまわぬよう、屋根から雪下ろしをしたり、雪かきをしたりしました。
それでも雪は止みません。
人々は憂鬱げに。そして次第に不安げに空を見上げるようになりました。
たった一人。
神様からのたった一度だけ授かる瞳を大切に持ち続けていた青年以外は。

青年は毎夜ベッドの中で祈ります。
どうかこのまま、雪が止まりませんように、と。
どんどん降り続けて、全て美しく、真白に包み込んでくださいますように、と。
青年のその願いが通じたのか、それとも神様は元よりそのつもりだったのか、空から降り落ちる雪は止むことがありませんでした。
街に住む大人は皆、雪かきや心配事で疲れ果てておりました。
そしてとうとう、この街を捨てて移住することにしたのです。
しかし青年は留まると決め、大きな荷物を両手いっぱいに雪の中に消えていく家族や、友人や、大人たちを見送りました。
青年はたったひとりになってしまいましたが、それでもこの街を愛しておりましたし、何より自分の祈りが叶っていくのがとても嬉しかったのです。

そうして、もう土も建物も何もかも、真白に埋め尽くされて。
青年はたったひとり、どこまでも続く雪原を歩いておりました。
とてもとても寒かったけれど、そんなこと気にならないほどでした。
空からは、後から後から、雪が舞い降ります。
青年は、全て埋まってしまった街にひとりで微笑みました。
それはとても美しく、目に眩いほどの白の光。
そうして口端から零れる息が、白を越えて凍りそうなほどの中。
真白で何もない雪原にぽつり、ひとつの大きな雪だるまがおりました。
いつの間に誰が作ったのでしょう。
それはもう身体の半分ほど埋まってしまっておりました。
青年は全く同じ白の中から、器用に雪だるまの身体を傷つけないよう、掘り起こしました。
雪だるまの身体に、何か光るものが埋まっていることに気づき、それをそっと取り出してみると、それは銀のスプーンでした。
それはやはり少し傷が入ってくすんだ光を放ち、青年の瞳には眩く思えるものでした。
「…何をしているの」
青年は雪だるまに問いかけます。
雪だるまは答えません。
青年は雪だるまの隣に座り、あの日祈った夜から晴れない空を見上げます。
ふと、隣の雪だるまを見やりました。
「誰かを待っているの」
青年は雪だるまに話しかけ続けました。
しかし、雪だるまは答えてくれません。
あぁそうか、
青年は灰色の雲に覆われた空を見上げます。
「このスプーンを君に返すよ」
そういって、スプーンを元の場所に戻しました。
すると、不思議なことに雪だるまが僅か震えるように動いたかと思うと、青年の方を見ました。
「君は誰を待っているの。もう誰も戻ってこないよ。君が溶けて消えてしまわない限り」
青年はその言葉に目を瞬かせます。
「どうして僕が溶けて消える?それは君の方だろ」
青年は不思議な雪だるまに僅か微笑みかけました。
すると、こちらを向いていた雪だるまが僅か、悲しげに目を細めました。
「君の祈りは、ここまで」
そう言って、銀のスプーンを差し出してくれました。
それを受け取るために手を伸ばそうとして、青年は愕然としました。
伸ばす手がなかったのです。
そして、雪だるまから伸びる手は人間のそれでした。
驚いて顔を上げると、そこには自分とそっくりの姿をした人間の姿。
「いやだ!」
青年は叫びました。
すると、スプーンを差し出していた雪だるまだった自分そっくりの人間が、さっとかき消えました。
後に残るのは、青年の祈った真白な何もない雪原。
ぽつり、銀のスプーンが落ちているだけです。
あぁそうか、
青年はやっと我に返ります。
これが、本来魂なき己がそれでも神様に慈悲をいただいて見た、儚い一時の夢だったのだ、と。

ある雪に閉ざされ住むものもいなくなった街がありました。
しかしその街を捨てた人々はどうしてもその街が忘れられなくて、春になって、その街へと戻ってきました。
そこには、もう殆ど溶けてしまった大きな雪だるまがぽつり、芽吹いた新芽のそば。
何故か傷が入ってくすんだ銀のスプーンを内側に抱いたまま、あるだけでした。

昔々。
それはどんな者でも願い事ならなんでも叶っていたくらい昔のお話。
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