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飢えた獣2

差し出した手のひらは、自分の理想よりずっと小さく貧弱だった。

『早く早く大きくなりたい』『早く。誰より早く』

呪文のように心の中で繰り返す。
何故なら、口癖のように女が俺に言っていたからだ。

『ハヤク』と。

子供だった自分に向けて女は焦れたようにいつも言っていた。
だけどその意味がわからなくて、どうにか理解しようと努めては途方に暮れた。
とにかく、自分が非力な子供のままでいるから、その意味が理解できないのだと思ったから。
だから、早く大きくなりたいと思った。
それだけだった。
…少なくとも、最初は。

しかし女はそんなことも知らず、『ハヤク』そう、急かした。
きっととても浅はかな女だったのだろうと今なら思う。
感情の安定、不安定をカケラもコントロールできない女だった。

「手を出してごらん」

女は白と青紫の煙を纏いながら、口端を歪めて笑んだ。
こういう顔をする時は、決まって気まぐれ。
機嫌がとてもいいか、とても悪いかのどちらかだ。
そのどちらかがわからなくて、ひっそりと怯えた。
こういう時に怯えを全面に出してはいけない。女の加虐心に火をつけかねない。
一旦火がついた女は、嬉々として無抵抗のこちらを殴り、蹴る。
自分を含め、他者に暴力をふるっている時の女は、どんな時よりもずっと奇麗で生き生きしている、と思う。
だが、一度興奮した女はなかなか手を止めてくれず、加減も忘れ、こちらが瀕死の状態に陥る危険もある。
そうなる前に、反撃してしまいそうになる。
一番何に怯えるかといえば、女からの暴力そのものではなく、女に対して無抵抗でいられなくなりそうな自分だ。
今、反撃したところでどうなるわけでもない。
ただただ完膚なきまでに。死ぬまで打ちのめされるだけだろう。
そして、死んでもそれに気づかれず、打ちのめされ続けるだけ。
この手はまだ、小さくて貧弱なのだ。

…まだ。まだ駄目だ。

心の中で呟く。
死ぬことを恐れているのではない。
ただ、女に無駄に嬲り殺されるのだけは御免だった。

「ハヤク」

女は急かす。
怯えを噛み殺し、黙って手を出した。
その手のひらに、女は半透明の黄色い硝子玉のようなものを置いた。

「…?」
「食べてみなよ」

何か分からず女を見ると、女は顎で促す。
これがそもそも食べ物なのかどうかわからない。
しかしここで食べなければどうなるか。
機嫌はいいようだから、それを無駄にしてはいけない。
思い切って口に含むと、思いの他甘く、ちくちく上顎に沁みた。

「レモン味の、飴よ。食べたことないでしょう?ぼうや」

女はこちらを子ども扱いしたい気分だったらしい。
「ぼうや」と呼ばれて虫唾が走った。

舌の上、溶けては沁みるそれ。
甘酸っぱい匂いが、食道を介して鼻腔にも滲む。
どこまでも甘いだけ。
どこまでも酸っぱいだけの、はずなのに。
喉の奥がぎゅう、と絞まる。
目の奥が、ちかちかと点滅している。

…苦い。

「おいしい?」

女は精一杯の優しい微笑みを浮かべ、こちらを見た。
反吐が出るほど「母親」の顔を繕った女は、ちっとも奇麗じゃなかった。

『…早く早く大きくなりたい。誰よりずっと』

呪文のように心の中で繰り返す。

『そしてこの女を殺して、自由になるんだ』

二度とレモン味の飴なんか食うもんか。と強く思った。

…無駄な足掻き。もしくは逆効果とわかっていて、補完しようと躍起になってみた。
…ら、見事に撃沈(死)。

理想と現実は程遠い(途方もなく)。
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