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この手の感触だけが頼り

テレビモニタの向こう側のお話としては、ありだと思った。
童心に戻って何も考えずにお座りしているだけなら、情けないことに大概平気だったしと。
抜け駆けしようと満面の笑みで駆け出す腕を、遮って邪魔したりしてても、そこに無邪気すぎるくらいの笑みばかりが転がっているなら罪なんてない。
純粋に、自分が楽しいことを追いかけている背中は見ていても楽しいし嬉しくなるのだ。

胡坐をかいて、背中を丸めてそんな風にぼんやり眺めていたら、気づかぬうちに隣に座っている人がいた。
僕はそれに大して驚かず、まるでいつものことのように振る舞い、僕と同じように胡坐をかき、少しだけ背中を丸めた人物の膝を軽く叩いた。
ぱしん、と叩いた手のひらに、その人が履いていた、履き込まれたジーンズと、その人の体温の感触がありありと残って、あぁなんて生々しい。と内心笑う。
そうやって、その人に会うたび内側に隠したものがもうひとつ増える。
そのことを別段、不幸だとか虚しいだとか思わない。
むしろ逆だ。
見ている方が気持ちいいくらいの勢いで食事をする口元だとか、よく動く器用なのか不器用なのかいまいち分からない手だとか、ピアスのひとつもない耳朶の上短く切りそろえられた黒髪だとか。
そういったものをなんとなく。何の興味もなさそうに眺める。
そしてまた、ひとつ。
そんな呼吸の仕方も悪くはないと思った。

想い裏腹少し乱暴な言葉を吐いたって、相手の受け取り方さえ分かっていれば全然平気だった。
いたと思えばいなくなる。
そのくらいの自然さと自由さを羨みながら、僕もまた、ふらりと出かけるだけだったから。
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どうしてだろう。

あと一歩。が出ない。

別に。100m先の景色が見たいなんて言ってない。見たこともない色をした土を踏みたいなんて思ってない。風を探しになんて忘れてた。
前へ歩幅一歩分。たったそれだけで十分だというのに。

もどかしいほどあと一歩。
踏み出してみないと分からないとかそういうありきたりな言葉を必死で言い聞かせても。
深く、胸いっぱいに吸い込んだ空気の行き場を求め求めてあと一歩。
目の前の小石を蹴り飛ばしてそのまま。

鮮やかなモノクロゥム

“…嗚呼、まただ。また失敗だ。…これは、駄目だ”

いつの間にか耳慣れた声が聞こえた。
またか。ついそう返事をしそうになって、その声はいつだって俺に向いて発せられたものではないことを思い出して、黙った。

聞こえるだけでも良しとしようと思った。
この耳がまだ機能しているということは。…もしかしたら、鼓膜が振動をキャッチし脳に伝達したのではなく、意識の内側に響いているだけ。下手をすれば単に俺の妄想なのかもしれないけれど、もしそうだとしても。
そうだとしても、少なくとも「俺」という意識がまだ、生きているということだ。
独白のようなそれは、決して俺のものではない。
俺以外の誰かのものだ。

そうか。俺はまだ生きているのか。

気づくと、ほっとすると同時に苦笑も付随する。
がっかりなんてしない。俺は別にあのまま死にたかったわけじゃないし、むしろまだ死ねないと思っていた。
とはいえ、死にたくないわけでもない。俺は別にこのまま生き永らえたいわけでもない。永遠に生きたいなどと夢にも思わない。
人はいつか死ぬ。俺にとってのその「いつか」は、今でも別にかまわなかった。死ねないと思いながらも、本当はそこまで俺に何か確固たるものがあったわけでもないのだ。
俺は何もない他人を見下しながら、同じくすっからかんな自分を自分から覆い隠し、何か持っているかのように振る舞い自分も周囲も騙して生きてきた。
それだけ。それだけだ。
だけど、この声が聞こえたということは、また生きるしかないということだと知っている。
知らないはずなのに、知っている。
知って、いる。

生きる。
生きてやる。

カラカラと。触れたことも実際見たこともないような古いタイプの映写機のフィルムを巻き戻すような、空回るような。でも確実に引き返すような音と、モノクロの世界が逆再生される。
カラカラ。カラカラ。

早い。と思う。
こんなにあっさり。こんなにも簡単に。
ゆっくりゆっくり。丁寧に。懸命に。映写機のハンドルを回してきた肉刺だらけ傷だらけの手と手が、馬鹿みたいなくらいあっけなく。
限界まで伸ばして、必死に噛みあわせた指と指、重ねた手のひらが、その順番を正しく真逆になぞるように。巻き戻されあっけなく離れていく。

“もう一度だ”

聞こえた声はやはり、耳慣れてしまった声。
否、全く知らない声。知っているけれど、「知らないはず」の声。
飽きないな、お前も。いい加減にしないか。ついそう怒鳴りそうになって、やはり黙った。

言ってもせん無いことなのだ。どうなるわけでもない。
聞こえるだけ良しとしておかないと、もし声を出そうとして、…出なかったら。俺の声帯なんてもう機能してなかったらと思うと怖かったのもあるけれど。

嗚呼もうこんなにもあっという間に。
俺たちが血反吐吐きながら這い蹲ってでも折り重ねた、目に痛いほど鮮やかだったはずの全てが、…霧散していくなんて。

これから先、望みどおりの未来を手に入れても手に入れられなくても、またこうして声が聞こえるだろう。
そのたび俺は、生きるしかないんだと。やるしかないんだと歯を食いしばって、口の中に溜まった憎らしい血液の味を唾液ごと喉の奥に押し込むしかない。
何故この味ばかりなかったことになってくれないのかと悔やみながら。

そう。俺は、他の何が消えても、他の何を失っても、この血の味だけは忘れないのだ。

リセットボタンなんて本当はない。
完全に全てを元通りに戻せるわけがない。
人はそんなに簡単なものではない。
そう信じたくもなるんだ。俺だって。

何度繰り返そうとも同じ結果になる。と言っているわけじゃない。
一度目と二度目、二度目と三度目、全て違う結果になってきた。
最終的にあの声が聞こえる瞬間までに、俺は一体どれだけのパターンを見てきたか忘れてしまったけれど、そのたび引き換えした場所でまた君と出会い、君と生き、違う君と違う俺になった。
そうやって生きた。
生きるしかないと歯噛みしてでも諦めないのは、それでも君と出会うことだけは確定要素なのだと思い知ったからだ。

「昨日」しかない俺には、「今日」も「明日」も遠すぎる。
それでも「昨日」から「今日」も「明日」も探そうと足掻く。
俺はきっと、分不相応なほど欲張りなのだと苦笑いも滲むけれど、

君もまた、生きるなら。
君とまた、生きられるなら。

“嗚呼、…もう、”

何度も何度も巻き戻し再生を繰り返す、終わりなきこの輪の中から、いつか脱却するその時まで。

否。

脱却が叶った先で、君とまた生きるために。

ピアノだって打楽器だよ、と以前あなたは言いました。

天気のいい昼下がり、窓から差し込む日光の心地よさにうとうとまどろんでいた僕の耳に、カタ、カタ、何かを叩く小さな音が聞こえてきた。
不思議なリズムで鳴り続けるその音が何か半分眠っていた脳ではすぐには判別できなかったけれど、なんとなく知っている音だと気づき、多分、電子ピアノにイヤホンを刺して演奏しているのだろうと目星をつける。

カタ、カタカタカタ、タタタタタタタ、タン、カタ、カタ、カタン。

それと共に、微かに抑えに抑えた小さな鼻歌。

あぁ、あの歌だな、と。僕は思って少し笑った。
だけどそれでも日光の心地よさに抗えずにまたまどろむ。

カタカタ、カタタタタン。

あぁ、もしかして僕が眠っていることに気を使って、イヤホンにしてくれたのだろうか。
その、本来ならば伸びやかに空高く響き渡る声を、抑えに抑え、だけどつい零し落として鼻歌にしているのだろうか。
あの歌を、歌っているのだろうか。
硬く冷たい鍵盤を叩く指先は、今、一体どのようにして。どのような想いで音を紡ぐため揺れ動くのだろうか。

自分にしか聞こえない、密やかな音楽を。
僕が気づいていると知ったらあなたは、どうするだろう。


(停止)

大きな胡桃の樹の下で

僕は今、樹齢何十年だか分からないけどとにかく大きな胡桃の樹の上にいる。
普段僕らが活動する地上よりもっとずっと高いところにあるこの場所は、当たり前みたいに風が少し強く、その分全てを吹き飛ばすのか空気が澄んでいるような気がして気持ちがいい。
春めく季節と連動してめいっぱい芽吹いた新緑の合間、どこかに巣でもあるのだろう。小鳥がせわしなく囀りながらあっちへ行ったりこっちへ来たり。
チュイチュイ、ルルルル、
耳触りのいい細く透き通った小鳥の歌をBGMに、僕は風を楽しむ。
高い高い、枝の上。

降りられないのではない。
まだ降りたくないのだ。

だというのに、僕の居座る樹木の真下、心配そうにちらちらこちらを見上げてはうろうろ。おろおろする人物。
まるで自分が高い樹に登って降りられなくなってるみたいに、不安げな顔。
…が、僕の足下ずっと遠くにある。
はぁ。僕は深く長く溜め息をついた。

「ちょっと、邪魔しないでよ。降りたくなったら自分で降りるから。どっか行ってて。ひとりになりたいんだ」

「でも、…危ないよ」

「大丈夫だよ」

「風も強くなってきたし、落ちちゃうよ」

「大丈夫だってば」

僕が何度大丈夫だと繰り返しても、彼はちっとも安心しない。
不安げに、心配げにうろうろ。ちらちら。
鬱陶しいなぁ、と僕がぼやくのと、もう降りておいでよ、と彼が情けない笑顔で僕を呼ぶのはほぼ同時だった。



(一旦停止)

百々と真墨

真墨兄は羽流兄に甘い。と俺は思う。
でも、そのことを直球ど真ん中に真墨兄に言ったとしても、「そうかぁ?」なんて片眉上げた明らかにピンときてない顔で返事されるだけだった。
そういう無自覚なところがまた、甘い証拠だと俺は思う。


月に一度、分家総出で本家に泊まりに行く。
俺がガキだった頃はそんな習慣なかったけど、莉世がうちにきて、莉世とほぼ同世代の五つ子が本家に来た頃からなんとなくそれは習慣付いた。
今や、莉世はもちろんだが、その下の弟たちも楽しみにしている行事のひとつだ。
さぼろうものなら泣き喚き駄々をこねられる始末。

…否、別に俺も嫌じゃないんだけど。
ただ、本家だって手のかかる小さいガキが増え、こっちも増えたのだから、いくら本家が広いからって押しかけたら迷惑なんじゃないかと心配しているだけだ。
結局ガキ共の世話を焼くのは俺と真墨兄だ。八尋兄だって手伝ってはくれるけど、真墨兄と羽流兄を育てた割に子供の扱い方がぎこちない(というか子供相手に真面目に接しすぎる。もうちょっと強引でもいいのに)だし、羽流兄はいつでもうとうとしてるし、紫色は子供が苦手だからって逃げ回るし。
弟の数の少ない俺が頑張ればいい話なのだろうが、情けない話真墨兄は俺の弟より倍以上いる弟たちを俺より早くさばいてしまう。
必然的に、俺の分まで真墨兄が動くことになるのだ。
さすがの俺だって申し訳ない気持ちにもなる。

昼間はさほどではない。
ガキ共を子供部屋に押し込んで、真墨兄とオヤツとか作って(この時点で俺は時々自分と真墨兄の将来に不安を持つ)、揉め事にならないよう均等に配って、あとは見張りながら食わせてしまえばいい。
問題は夜だ。
飯はオヤツと同じ。でも、そのあとの風呂からが戦争だ。
遊びに夢中になってる時に声をかけたって言うこと聞かないし、かと言って飽きるまで待つわけにもいかないから適当なこと言って煽って入れる。
一旦風呂に入ったガキ共は、ついさっきまで渋ってたのが嘘みたいに遊び始め、それらをひとりひとり捕まえて頭を洗い身体を洗い湯船に放り込みを繰り返す。
出そうと思ったらまた渋り、適当なこと言って煽って追い出すも、ひとりが出ると言い出すと何故か全員出ると言う。
それを宥め宥めひとりずつ脱衣所でバスタオルを持ってスタンバイする真墨兄に押し付ける(ちなみに風呂に入れる役と脱衣所で待ち受ける役は俺と真墨兄がその時折決める。俺が風呂に入れる役だった場合、時々「百々も大人になったな」とかどこ見て言ってんだと言いたいくらいのことをニヤニヤした顔で言われる。酷え)。

ガキ共は待つことが苦手だ。
真墨兄がいくら急いで拭いても、すぐに僕も僕もと出て行こうとする。
少しでも気を抜くと濡れたまま飛び出していったりするから、真墨兄はいちいち拭いて着替えさせてなんてしてられず、とりあえず拭くだけ拭いて放置だ。
当然、真っ裸で走って逃げられる。きゃっきゃきゃっきゃとそれはもう楽しげに。
ガキを全部出した後俺は急いで風呂から上がり、真墨兄と一緒になってパジャマと下着片手に弟たちの捕獲作業が始まるのだ。
ゆっくり湯船に浸かってる暇なんて欠片もない。
さすがにその時は八尋兄とか羽流兄も手伝ってくれるけれど。

やっと全員パジャマ着せたぞ!と思ったら、次は耳掃除。
胡坐をかいた俺の膝の上に頭を乗せ転ばせて、綿棒でいちいち拭いてやる。正直面倒くさい。でもそれぞれに任せるにはまだ幼すぎて、怖いのでできない。
拭いた横から八尋兄のところへ行って、ジュースが飲めると分かっている(拭いたあとじゃないと八尋兄は絶対に。どんなにぐずっても絶対にジュースをくれない。さすがだ)ガキ共は、さすがに従順だ。
だがまたその後の歯磨きタイムも戦争だ。

もちろん、暴れるやつもいれば大人しいやつもいる。それぞれ性格が違うのだから仕方がない。
でも結局、手間は一緒だ。胡坐をかいた俺の膝の上。そして同じように胡坐をかいた真墨兄の膝の上であんぐり口を開けるガキ共の歯をなるべく手早く。かつ奇麗に磨くのは大変だ。
もたもたしていたら真墨兄が全部やってしまうから、俺はいつも必死になる。

「あーもう、じっとしてろってコラ」

きゃっきゃ、楽しげに暴れる弟をとっ捕まえて、小さい口の中を覗き込む。
てめぇいつチョコ食ったよ。目を細めて威嚇しても、知らないもん。とか返される。
このやろう今度風呂に沈めんぞ。脅すと、ろくでもない恐喝すんなと真墨兄に怒られた。
ちぇ。舌打ちして顔を上げ、真墨兄はあと何人だ。と確認しようとしたら、丁度真墨兄担当の最後のガキだったらしく、はいおしまい。と両手を挙げるところだった。
…また負けた。と苦々しく思っていると、立ち上がろうと膝を立てた真墨兄を羽流兄が手で制し、こともあろうかその膝に頭を乗せたのが見えた。
俺はびっくりして硬直したが、真墨兄は心底呆れたような溜め息をつき、膝から羽流兄を追い出そうともせずに見下ろす。

「…なにしてんだ羽流」

「皆いいなーと思って。僕もして」

「ふざけんな。とっくに永久歯だらけのお前を何で俺が磨いてやんなきゃなんないんだよ」

「だって。僕は真墨にお風呂に入れてもらったことないし、歯も磨いてもらったことないよ」

「お前俺とタメだし。一緒に風呂入ったことはあるだろ。その時頭洗ってやったじゃないか」

「それも小さい頃のことじゃない」

お前馬鹿か。心底呆れ返った表情で脱力して真墨兄が言う。真墨兄は羽流兄に対して結構容赦ない物言いをする。
でも、甘い。と俺は思う。
本当に面倒くさかったら膝から落とせばいいのだ。俺だったらそんな恐ろしいことなんか絶対にできないけれど、真墨兄になら簡単だ。羽流兄だって真墨兄相手にそのくらいじゃ怒らないだろう。
でも落とさない。どけ、とも。嫌だ、とも言わない。何故だと聞くだけだ。
お願い。羽流兄はとても楽しそうに真墨兄の膝の上、真墨兄を見上げて微笑む。
それを見て、あぁこれは。俺はなんとなく感じた。あぁこれは終わったなと。

しばらく眉間に皴を寄せて自分の膝の上の羽流兄を睨んでいた真墨兄が、深々と溜め息をついた。

「…この甘ったれ」

やっぱり。俺が思うのと、ふふ、羽流兄が嬉しげに笑うのはほぼ同時だった。



「真墨兄は羽流兄に甘い」

俺はやっと自分担当のガキ共をさばいた後、心の奥底から正直に感想を述べた。

「そうかぁ?…まぁ、こいつが甘ったれなのは確かだけどな」

真墨兄はいまいちピンときていない様子でそう言い、苦笑とも嘲笑ともつかない微妙な(でも見下ろす目が優しい辺りで駄目だ)表情で自分の膝の上で大人しく口を開けている羽流兄を見下す。
手には羽流兄の大人サイズの歯ブラシ。もう片手は羽流兄の頬に添えられている。

「あぅいー、」

歯磨きされながら羽流兄が真墨兄を呼ぶと、喋るな馬鹿。と真墨兄が一喝した。

「あぁ面倒くさい。永久歯の数知ってるかお前。でかいし多いし面倒くさいんだよ」

何で俺が。自分でできるだろ。いくつだよお前。でっけー。うぜー。頭重てー。とかぶつぶつ言いながら、それでも真面目に羽流兄の口の中を覗き込んで歯を一本一本磨く真墨兄。
そしてその真墨兄の膝に頭を乗せ、長い長い手足を折り曲げご機嫌そうにしている羽流兄。
俺はそのふたりをぼうっと眺める。
なんだろこの家族風景。ないだろこれ。思うけれど、うちじゃこんなもんか。結局真墨兄と同じような溜め息をつく。脱力。
俺もある意味、羽流兄に甘いのかもしれない。

昔、俺もこうして真墨兄に歯磨きをしてもらったことがある。
それどころかそれこそ風呂の世話も、耳掃除も。オヤツだって。
あの頃はまだガキと言ったら俺か紫色くらいで、その紫色は結構早くから自分のことは自分でしようとしていたし、俺より少し年上だったこともあって、散々手間をかけてもらっていたのは俺だった。
真墨兄はやっぱりぶつぶつと何か文句を垂れながら、それでも大人しくしてれば俺の頭をわしわしと撫でてくれたし、服を泥でものすごく汚して帰ってきても怒るどころか大笑いしてくれた(そのあと服着たまま風呂に放り込まれたけど)。
何にせよ気長に相手をしてくれたのだ。今思えば。

あれからガキがどんどん増えて、俺も真墨兄の真似をするようにガキ共の世話を焼くようになったけれど、未だに真墨兄には敵わないと思うことが沢山ある。
俺の兄は羽流兄だけど、真墨兄もまた、俺の兄みたいなものなのだ。
そうして同じ分家の兄より真墨兄と深く接してきた俺を。分家の長男である自分の弟に本家の弟と同じように世話を焼いてきた真墨兄を、羽流兄は一体どんな気持ちで見てきたのだろう、と少し思う。
羽流兄は真墨兄と同い年だけど、真墨兄の弟に生まれたかったのかもしれないとか。ちょっとだけ。
否、これはこれでいいのかな。
だって子供は子供の内だけだ。こうして真墨兄に世話を焼いてもらえるのは。
でも羽流兄は、大人になった今でも甘えれば世話を焼いてもらえる。彼だけの特権と言ってもいい。

「はい終了。重たいからどけ」

真墨兄が両手を軽く上げ、手首から先をひらひらさせて羽流兄を膝から追い出そうとする。が、羽流兄は楽しいからもうちょっと。とか言って強請る。
羽流兄は真墨兄に対してものすごく甘ったれだ。真墨兄も真墨兄で、そんな羽流兄に甘いから余計にそうなる。分かってるのだろうか。

「足痺れるんだけど。…しょうがねぇな」

じっとしてるのも勿体ないからついでに耳掃除してやる。感謝しろ。言って、真墨兄は俺に綿棒を持って来いと指示を出した。
それもなんとなく予想できてしまっていた俺は、はいはいと適当な返事をし、すごく嬉しそうに微笑む羽流兄のために腰を上げる。
背後、いつの間にいたのか紫色が、相変わらずだねぇ。馴れ馴れしく俺の肩に手を乗せてくるから、今までどこ逃げてたんだお前。軽く叩き落として溜め息もうひとつ。
綿棒を渡したら、ガキ共先に寝かしつけてしまおう。となんとなく思った。
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