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慣性と惰性の法則

例えば。
恐れ戦き震えるほどの激しい喜びを感じ、爪が食い込むほど強く両手を握り締め、これ以上の幸福なんてきっとこの先ないんだ。と心の奥底から信じて疑わない瞬間や。
また例えるなら。
表情を作ることや声を出すことすらできなくなるほどの激しい悲しみに出会い、これから先一体どうしてこれを乗り越え生きていけというのかと何かを憎みたくなる瞬間や。

その他、様々な感情の大波、渦、嵐に出会ったとして。

その渦中にいる時はもちろん呼吸すら困難なのだけれど、それらはいつの間にか過去のことになり、思い出になってしまっていたりする。
気づいた時にはとっくの昔に。

どうやってそれら激しい感情を乗り越えたか覚えていない。
ただ、奇妙な倦怠感とおぼろげな欠片が胸の奥に掠れ残っているだけで、あまりのそのあっけなさに、せめて忘れないようと何度も思い出しては脳の奥に教え込む。言い聞かす。繰り返す。

両目が潰れてしまうのではないかと思うほどの鮮やかさが、どこに行ってしまったのか分からない。
積み重なる、単なる思い出と、これから積み重ねる、いつか単なる思い出になる物事を数え数えて探す旅。
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始まりの歌を歌おう

青年は探していました。
己の周囲をこっくりと濃厚な闇に包まれても、それでも尚諦めませんでした。

青年は探していたのです。
どこまでもどこまでも永遠に続いていそうな真っ暗闇の最中、だけどきっとどこかにふわりと柔らかく、この手のひらの上に舞い降りてくれるだろう光の粒を。
それがどんなに幼く脆く、儚い光だったとしても。
周囲取り巻く重い暗闇に、すぐに飲み込まれてしまいそうなくらい病弱なものであったとしても。

何ものにも代え難い、尊く清らかな光の粒を、青年は探し続けているのです。

思い切り力を込めることに慣れたこの手で、優しくそっと包むことに不慣れなこの手で。
一生かけて、命も誇りもかけて守り続けるべき光を。

細く細く差し込む一条の光を。

青年は強くなるためだけに鍛え上げた両腕で、強いものと戦うためだけに作り上げた肉体と精神で、儚く脆い光を守りたいと心の奥底から願ったのです。

青年はその小さな小さな、今にも消えてしまいそうな光の粒を、肉刺だらけの手のひらでそっと支えました。
包み込むにはまだ力の加減が分からずに、今にもこみ上げる愛しさに強く胸に抱きしめてしまいそうになるのを必死で耐え。
尊い光を見つめ、恐る恐るそっと、そっと、口付けました。
それは誓いのキスでした。
ふわり、それに応えるように光が僅かに揺れました。
それは今まで触れた何よりずっと美しくあたたかなものに感じました。

青年は不意に泣きたくなりました。
子供の頃よく一緒に遊んだ友人が不慮の事故で亡くなった時も、乗馬の練習中、落馬をして怪我をした時も、父上様に酷く叱られた時も、家族と離れる時も悲しくて悔しくて寂しくて泣きそうになりましたが、いつもいつもぐっと堪えておりました。
しかし、こんな時青年は、泣きそうになったというより、泣きたくなったのです。
悲しくも悔しくも寂しくもありませんでした。
青年は、どう表現したらいいのか分からないほどの溢れ返る歓喜に泣きたくなったのです。
大声を上げて吼え泣き咽びたかったのですが、幼い頃から耐える癖をつけてきてしまった青年は上手に泣けませんでした。
青年は泣きたくて泣きたくて堪りませんでしたが、泣けずに唇を噛みました。
ぐ、と強く強く噛み締めて息を止め、青年は耐え切れない感情の嵐に沈み込みます。

…あぁ、

しばらく耐え、青年はやっとの思いで小さく息をつきました。
そしてその光を手のひらに、その場に膝ま付き、誓いの言葉を口にしました。

そこでようやく青年は、たった一粒だけ涙を落とすことができました。
青年はその己の涙の味と、噛み締めた唇から滲んだ己の血の味を一生記憶したまま生きていこうと決めました。
誇り高く、前を向いて真っ直ぐに。




青年は探していました。
どんなことがあっても、何が起こっても、絶対に諦めきれない光の粒を。
自分のこの手。この身。この心。全てでもって守り抜くべき者を。
出会えたその瞬間から始まる自分とその光が紡ぐ物語を、今こそ始めんがためだけに。

全て虚構のお話

昔々、それこそ、何世紀昔だったか。昔過ぎて分からなくなるくらい曖昧な昔のお話。

どこかの国のどこかの場所に、立派な立派な古いお城があり、そこにはある貴族様が住んでおりました。
その家は由緒正しく長く繁栄を続け、その時もまた、治める土地の者たちともうまくやり、お国だ宗教だの偉い者たちとも適度な距離感と適度な融和を保ち、平穏に暮らしておりました。

そのお家には少しだけ歳をとった城主様と、彼より少しだけ若い奥様がおりました。
ふたりの間には男の子が3人、女の子が1人、生まれました。
どの子もたっぷりの愛情と人手間、時間と教育が与えられ、健康で美しく育ちました。
その内の一番上の男の子は、もちろん生まれながらに貴族の当主としての教育を受け、二番目の男の子もまた、一番目に何かがあった時のことを考え、当主の二番目の候補としての教育を受けました。
その次に生まれた女の子は、お家と他の貴族のお家を繋ぐ架け橋として、いつでも胸を張ってお嫁にいける女性になれるよう、大事に大事に育てられました。

さて。その女の子よりもう少し後で生まれた最後の男の子は、お家の跡取りとしてではなく、架け橋としてでもなく、他の子供たちより比較的自由に育てられましたが、彼は生来の性根が真面目で何にでも一生懸命に勤め、何より人を思いやる優しい子供だったので、他の兄たちよりよっぽどお家の跡取りに向いているのではないかと思われるほどでした。
彼の生まれた家にはいくつか分家筋もあり、その者たちは彼ら兄弟が生まれた時から自然、跡取りは長男が継ぐもの派、次男が継ぐもの派、ごく少数ですが、三男が継ぐもの派と3つに分かれてしまいました。
しかし彼は自分の立場も弁えていたのでした。
この家はいずれ、一番上の兄。もしくは二番目の兄が継ぐべきもの。姉はいつか嫁に行き、行った先とお家の仲を取り持ち、良い関係を築き上げていく。
その時自分はどうするか。お家のために自分には一体どういったことができるのか。彼は幼い頃から真剣に将来のことを考えていたのです。
彼は分家筋の者たちの意識が分かれてしまったことに心を痛め、せめて自分だけでも辞退できないかと父上様に進言するのですが、まだ幼い彼のことを慮った父上様は、今は時期早々と宥めるだけでした。

彼は兄たちより少しばかり自由だったことや、兄たちと少し歳が離れていたこともあってか、城下の下々の者たちの子供たちとも分け隔てなく遊びました。
自分より年上の子供には礼儀を払い、年下の子供たちの面倒は率先して見ました。
誠実な彼を、他の子供たちも大人たちも、とても好ましく思いました。
彼はいつも誰かに頼られ、誰かを守り、誰かと共にいることを幸福だと感じるようになりました。

丁度その頃、大聖教の司祭様方が聖地へ巡礼に赴く際の守人としての騎士団が存在することを彼は知りました。
揃いの鎧と十字架の描かれた盾。朱色の鞘に納まった美しい剣を持った気高い騎士が、馬に乗って通っていく様を初めて間近で見た彼は、いつか自分も騎士として司祭様を守り、道に勤め、気高く生きていこうと思うようになったのです。
彼は両親にそのことを相談しました。
父上は彼の決意を褒め称え、騎士になるための教育と協力を彼に惜しみなく与えることを約束してくれました。
母上は騎士と生きる危険を心配しておりましたが、彼が一度硬く決意したことは決して曲げないことを知っていたので、最後には彼のために神の祝福がありますようにと祈ってくれたのでした。

彼はその騎士団に入ることで、お家から出なければならないことも、一度巡礼の旅に出るとなかなかお家に戻れなくなり、家族と会うことがままならなくなることも、いつ自分の命が危険に晒されるか分からないことも、きちんと理解しておりましたし、何より、騎士団員を輩出したお家は、輝かしい名誉を与えられ、世間全てから惜しみない賞賛を受けることも、将来長きに渡って政治的な繁栄を約束されることも知っておりました。
彼は必死で勉学に勤しみ、剣術を習い、敬虔な信者としてできる限りの努力をしました。
そして、立派な青年に成長した彼は、とうとう騎士団員となったのです。

出発の朝、すでに他の貴族のお家に嫁いでいた姉も、彼を見送るために戻ってきてくれました。
他の兄たちも、父上も、母上も、使用人たちも。そして、幼い頃から彼と共に時を過ごした農民たちも、総出で彼を盛大に見送ってくれました。
彼は、その人々の気持ちに恥じることない人生を送ることでもって、報いようと心に決めました。

「あぁ、」

母上と姉が代わる代わる彼の頬を撫でました。
彼は両親が少し歳を取ってからの子供だったので、溺愛されていましたし、姉も我が子のように彼を大切にしてくれました。
彼も別れはもちろん寂しかったのですが、そうやって皆が自分との別れを惜しみ、自分のことを祈ってくれることがとても嬉しく、誇らしかったので、悲しくはありませんでした。

「今生の別れではありません」

彼は言いました。また、無事に旅を終えた暁には、一度顔を出しますと。
姉の嫁いだお家のそばを通ったら、必ずそこにも参ります。彼が言うと、姉は約束よ、と強く念を押して彼を抱きしめました。
彼は死ににいくのではありません。戦場に出兵するのでもありません。聖地巡礼の旅は確かに危険がつき物ですが、それでも司祭様をお守りし、道を歩んでいけることは何にも勝ってとても素晴らしいことです。
彼は心身ともに健康で、若く、美しい青年が誰しもそうであるように、未来への希望を胸にいっぱい抱いておりました。
自分が信じた道を真っ直ぐ歩み、生きること。彼にとってそのこと以外に何も考えられなかったのです。

まさか何度目かの旅の途中、彼が力強く歩む正しき道が、人間の力ではどうしようもない強大な力にぼきりと手折られ、そのまま修正することも適わず見通せぬ先へ先へと伸び続けることなど、彼は当然のこと、この時誰も想像しておりませんでした。
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