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突き落とす

柔らかなコットンに包まれた君の、無防備な背中を両手で押す。
その力は強すぎてもいけないし、弱すぎてもいけない。
トン、と押す。
君の爪先から向こうにぽかりと口を開けた奈落の底に、君を突き落とす。

君は背中を押され、バランスを崩しても尚悲鳴ひとつあげなかった。
それどころか、まるで僕にこのタイミングで突き飛ばされることを知っていたかのように。むしろ待っていたかのように、素直に従順に、君は身体全てを宙に委ねた。
こちらを振り返りもしない。

君の髪と君が着ている衣服が風を受けてふわりと膨らみ、手のひらは緩く開いたまま、両腕は自然広がる。

小鳥が飛び立つみたいだと僕は思う。
ふわり、宙に身を投げ出した君の背中を見て、思う。
翼が現実にないのが不思議なくらいに真剣に。
僕は脳内で作り上げたイメージの翼を、落下していく君の、真っ白な背中に重ね見た。

物語が始まるならきっと、こんな風なんだろう。
そして物語の終わりもきっと、こんな感じなのだろう。
そのくらい君は潔く、何の迷いも見せずそのまま、落下していった。

沢山の世界の色を内部に抱いた、真っ暗な奈落の底へ。

君がそこに無事に着いたら、きっと僕も行く。
君に背中を突き落とされて。
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反転・暗転

君に直接面してしまえば、例えそれがどれだけ重要なことであっても、一気に。それはそれは乱暴にもほどがあるくらい強引に、全てが「些細な事象」に摩り替わってしまう。
その、全てが反転してしまう瞬間は、その出来事のあまりの大事にも関わらず、瞬き分の刹那よりも短い時間で完了し、そして何故か無断で無理やり捲りあげられた当人に察知どころか僅かな違和感も抱かせない。
渦中の真っ只中にいる者は気づかないのだ。
全く。

僕はそれを何度か遠巻きに見てきた。
そして僕は、「僕だけはそのような結果にはならない」なんて選民意識過剰な井の中の蛙でもなかった上、自覚して尚余るほどに臆病な性格をしているから、君と直接対峙することを酷く恐れた。
避けて通れるものなら一生このまま逃げ続けたいと思ったのだ(そして僕は視界の端に立ちはだかる難題という城壁に自ら挑むことを選択し、いつか乗り越えてみせる。なんて瑞々しくも浅はかい思想も持ち合わせていなかった)。

綻び

あの人が持てる全てを賭けて殴りつけた頑強な鎖は、それでもその直後には綻びどころか傷ひとつつかなかったように見えた。
張り詰めたまま微動だにしない鎖は、擦れ合って音を立てる余裕もない。
全てはギリギリ。
これ以上もこれ以下もありえない。

だけど君は、あの人が全てを投げ打ってまで殴りつけ、そのことでその繊細で穏やかな手を修復不可能なまでに追いやったその行為の結果を見逃さなかった。

俺の目になど決して見ることができないほどの小さな小さな綻びの真上。あの人の全ての結果のど真ん中。
君は、自信に満ちた最上の笑顔で飛び乗り、踏み砕いたのだ。

嘘だ。

俺は驚きを通り越して呆れ返って呟いた。嘘だ。そんなわけない。そんな無茶苦茶な。
鎖と共に砕け散った緊張。その分だと言わんばかりに一気に襲ってきた脱力感に呆然としたまま、俺はそのようなことを繰り返し呟いた。
だけど一番最初。もうどんなきっかけだったかも忘れたくらい前、ピンピンに張られた時点で決して壊れることなどないと。永遠にこのまま微動だにせずあり続けそうだった鎖が、大きな破裂音を立てて千切れた瞬間を目にしてしまった以上、信じないわけにはいかない。
自分のこの両目でしかと千切れる瞬間を見たのだ。そして破片が地に落ちるのを見届け、今も尚、落ちきった残骸がそこにある。
それに、嘘であって欲しいなどと思ったわけでもない。むしろこの結果を心底望んでいた。
だけどそれはあまりに奇跡的としか言いようがなかった。絶対に無理だと信じ切っていた。それは確信に近かった。それほどまでに絶対的だった。だから嘘みたいだったんだ。
嘘みたいだったんだ!

「…は、ははは。お前、…本当に」

俺は自分の顔が変な笑いに引きつるのを抑える余裕もなくして笑った。
可笑しくて笑うというより、驚きすぎて。呆れすぎて笑うしかなかったのだ。

「本当にやっちまいやがった………。お前、…本当に馬鹿だな」

馬鹿すぎる。
俺は何度もそう繰り返し首を振った。
脳内に蟠るもったりとした疲労の塊を振り払おうとしたのだ。
だけど全然無駄だった。

「イェーイ」

無邪気に歯を剥き出して、ピースサインをこちらに向ける君の足元。
あの人が自分の人生も、運命も、思い出も、命すら投げ打って殴りつけた頑強な鎖の破片たちが散らばる。
君の使い古したスニーカーの真下に、今も。

「その意味、わかってんのか…」

未だ抜け切れない脱力感と疲労に辟易した俺に、君はそれでも満面の笑顔を崩さず頷く。
そして一度自分の足元散らばった鈍く光る破片たちを見やった後、すぅと顎を上げ俺を見る。
真っ直ぐ、見る。
自信と希望に満ち溢れた奇麗な瞳で、見る。

「行こうぜ」

声は凛と響き、俺は未だ振り払えないもったりした重りそのまま頷くしかなかった。
でも惰性とかじゃない。俺の意思だ。紛れもなく、本物の。

「…分かってる」

俺は君にも聞こえないよう小さな声でぽつりと零す。分かってる。
ちゃんと、分かっているから。
こうなったら行くしかないのだと。多分、この鎖が張られた瞬間からずっと。

「…行こうか」

「行こうぜ」

君は鎖の向こう側を真っ直ぐ指差し、俺はその破片の真上を越える。
かしゃり、ブーツの真下で破片と破片が音を立て、俺はなんとなくあの人の、真っ赤に腫れ上がった痛々しい拳を想って瞬きひとつ。
ここにはいないあの人に、またな。と言葉を落として。

鎖と共に綻んだ胸の奥を、同じように君に踏み砕かれる瞬間を知った。

これこそ、全く至上の幸福ではないか。

待ち遠しいんだ、本当に。本当に。とどれだけ念を押したところで、多分君は信用してくれやしないだろうけれど。
君のためならなんでもしようなんて、ありきたりな「いつか嘘になる誓い」を、うっかり心底口走ってしまいそうなくらいなんだ。

まず前もって何から揃えておこう。
君の目の前、これ以上ないくらい完璧に?
それは君を呆れ返らせるだろうか。
それとも笑わせるだろうか。
もとより、全面的に喜び受け入れてもらおうなんて思っていない。
生意気然と見下し、鼻を鳴らして蹴散らしてくれてもかまわないのだ。
何故なら、全て結果的に「君のため」という名目上で揃えた「僕の自己満足」なのだから。

君を包む柔らかな毛布と、君を守る頑強な盾と剣。
君の退屈を紛らわせる玩具と、君の目を彩る様々な花たち。
君が存在するべき居場所と、君が纏うべき清浄な光と闇。

もしそれぞれの命や存在に理由や意味や価値の違いがあるとすれば、その横暴なモノサシの上に君を座らせてあげよう。
そして君よりも理由や意味や価値が格段に上にあるものを、君にあげる。
君はそれを君の好きにすればいい。
それこそ、全く至上の贅沢ではないか。

窒息しそうなくらいの全てを惜しげもなく積み上げ差し出し、いつか君がそのせいで潰えてしまったとしても、多分僕は後悔の欠片も抱かないだろう。
そして逆に君より僕が先に潰えてしまったとしても、多分君も後悔の欠片も感じない。
どこまでも自分勝手な僕たちにとって、それこそ、全く至上の幸福ではないか。

僕らのための袋小路をあつらえよう

どんな壁も乗り越えていくなんていう固い決意も一瞬で粉々になるくらいの、一目で明らかに不可能を理解してしまうほどの、目の前立ちはだかる圧倒的な壁を。
君が迷い込んだ薄暗い路地裏の最奥にあつらえて待っていよう。

なかなか荒い呼吸治まらない君が、頬を伝う汗も忘れて呆然とそれを見上げるのを見てみたいから。

僕は君が胸に抱く希望の、その大小に関わらず全てひとつひとつ丁寧に砕いてしまおう。
僕が今いる抜け道を塞いでしまおう。
そうすることで、僕の逃走経路すらどうしようもないくらい潰してしまおう。

世の中にはどう足掻いたってどうしようもないことだってあるんだと、君と僕に知らしめよう。

「…なんて底意地が悪い」

ぽつり、苦々しく零したのは君ではなく、僕だったりするけれど。
ふは、僕は笑う。心底苦々しく呟いたあとで噴き出して笑う。なんて可笑しい。これ以上滑稽で可笑しいことなんてない。

だって僕らはまだ、出会ってもいないんだよ。

君の冷たく湿った、血管が収縮した真白な手のひらはどんな感触だろう。
君のまん丸に見開かれた、絶望色映る眼球はどんな動きをするだろう。
君のカラカラに乾いた、柔らかな唇はどんな風に、どんな言葉を紡ぐのだろう。

未だに性懲りもなく大小さまざまな希望に縋る僕らのために。
徹底的なまでに目の前立ちはだかる壁をあつらえよう。
一目で明らかに不可能を理解してしまうほどの、どうしようもなく圧倒的なやつを。

捕まえられない

酷く至近距離から覗き込んだ両目の中央部分。
遠目では単に真っ黒に見えた君の瞳は、黒に程近い深いこげ茶の小さな円と、その周囲を一回り大きく明るい茶色の円で囲ってある状態で存在した。
ものすごく目の前に。

柔らかな粘膜を剥き出しにし続けることもできずに何度も瞬きを繰り返す臆病なそれは、普段の生活ではありえないほどの至近距離に、自分とはまた違う眼球があることに戸惑っている。
ありありと。目は口より語ることがある。ありありと。

「捕まえた」

僕は予想以上に緊張感で瞳を透き通らせる君を茶化すように、そう言ってみたけれど。
君は僕のそんな稚拙な気遣いなど無用だと瞬きひとつで跳ね返す。
連れない子。僕は心の中でひっそりと笑う。

君の眼球は艶めく白の基礎の真ん中、明るい茶色の円の中に黒に程近いこげ茶色の小さな円を抱いているだけではない。
小さな円から大きな円に向かって放射線のように美しい模様が走っている。
その規則正しい、どこか不規則な芸術作品のようなそれは、僕が知りえる言葉全てでもってどれほど賛美したところで、決してそれ相当には間に合わないのだと思った。

まるでそこにそうあることが使命かのように、完璧な円を描く中央部分。
そこから滲むように明るい茶色を侵食する放射線。
よくよく見ると少し曖昧な外周。白い基礎。
目頭と目じりの辺りに、君の体内を巡る血液の色を思わせる淡い赤。
瞬き。

ふと、君の目が泳いだ。
だけど酷く至近距離から僕が覗き込んだままだから、君の透き通る瞳には相変わらず僕の眼球しか写らない。
あまりに近すぎるせいで、今僕が覗き込んで観察しているのが正しく君の眼球なのか、君の眼球に写る僕の眼球なのか分からなくなってしまいそうだ。
そこまで考えて、はた、と我に返る。

嗚呼、

どんなに近づいても、真剣に観察しても、この両手で頬を抑え、逃げられないようにしたって。
正しく「君」を捕まえることなんて、できやしないのだ。僕には。
否、誰にも。
君自身にすら。

僕は自嘲気味に笑った。
君からほんの少しだけ顔を離して笑った。
その情けない苦い笑みは確かに鏡のような残酷さで君の美しい眼球の表に写るけれど、

「僕には君の全てがつかめないように、君にも僕の全てなんてつかめないんだね」

当たり前の事実を改めて噛み締めることの虚しさと、そのたび感じる新鮮なショックを僕はまた、味わう。
君はまた瞬きをした。
それがまるで無言の肯定のように見えた僕は、偽りだとしても、せめて君のその奇跡的なほどに美しい眼球に写る僕くらいは優しく微笑んでたらいいのにと心底願った。

「お願いだから!」

照りつける太陽の熱をめいっぱい抱き込んだアスファルトの、とろけるような闇色の内側。
全てを叩き伏せるように落下した激しい夕立が、降り始めの荒々しさが嘘のようにあっけなく上がった後。
たっぷりとした水分が、アスファルトの熱に包まれもわもわと奇妙な弾力を帯びて空気中に戻ろうと足掻く様を、わざわざ立ち止まって見守る気なんてなかった。

子供は小さな両手を必死に前方に伸ばし、頼りない小さな足でもって、抱き込んだ熱と吸い込んだ水分をとろとろの闇色に染めるアスファルトを蹴って駆ける。
今にも転びそうになるもつれる足を無視して、真っ直ぐ前だけを見て。

「見つけて!」

幼い声があまりに切実に夕暮れの中響いた。

駆けて行く子供の背中がきついオレンジ色の日没間近な太陽の中に小さく小さく溶け消える瞬間は、一体どれほど美しければ気が済むのだ。

消し炭のような

まだこの世界に「黒」という確実な色がなかった頃のお話。

君はどこか自信に満ちた表情で目を閉じ、人差し指をゆらゆらゆらり。
僅かに口端を持ち上げ、口ずさむように放つ言葉は、子供の頃読んだような絵本の冒頭にありがちな枕詞だった。

曰く、「昔々、あるところに」である。

その時点で真面目に取り合うことを早々に諦めた僕のことなど全く意に介さず、君は先を続ける。
まるで実際見てきたかのように滑らかに。

「黒」という強固な色が日本に生じたのは、実はつい最近のこと。
昔は「黒」なんて端的で乱暴な色なんてこの国にはなかったんだ。

墨の色?あれも正しく漆黒ではない。
どこまでも見透かせない深い深い「黒」を作ろうと思ったら、墨汁だけでは駄目なんだ。
硯でもって?どれだけ時間と手間がかかるだろうね。どれほど深く沈めても、多分駄目だろう。

なんで急にこんな話をし始めたか、多分お前は分からないのだろう。
墨を重ねて藍を重ねて、例えどれだけの染料でもって染めようとも、丑三つ時の暗闇を探ろうとも決して漆黒にはならない国の中で。
だけど正しく「黒」を見出したのもまた、日本人だったんだ。
もちろん外国ではすでに「黒」は存在していた。だけどどこまでも閉鎖的だった日本は諸外国の影響を受ける前に、正しく「黒」を見出したんだ。

どこに?どうやって?
それは多分、お前は無意識知っている。

「光が強ければ強いほど闇は濃くなる。際立つんだ。もちろん、その逆もしかりだけれど」

眩いほど真白な一条の光差すそこは、正しく「黒」い世界ではなかったか?

僕は咄嗟に知らない、と急いで反論した。
何も焦る必要なんてなかったのだけれど、何故か無性に行き急いだ。
多分そのことが、「僕の無意識」なのだと決定付けるものだったのだろうが、今それを認めるわけにはいかない気がしたのだ。

ふ、君は吐息のような淡い淡い、薄く水に溶かした墨汁のような笑みを零した。
それは真っ白な和紙の真上、じわりと滲んで染み込んでしまった。
一度そうなってしまったものは、もうどうしたって決して洗い流せないのだと、分かった。

内部に一塊

ずしり、等の重々しい言い方はさすがに大げさかもしれない。
だけど確実に内部に一塊、その存在は平時より重さを感じる。
確かにそこにあるのだと、この目で確かめなくとも分かる。

ちらちら、瞼の裏瞬く世界。
呼びそうになる名前を耐えて、口端を持ち上げて笑みにして。

「さぁ」

誰かが言った。

「さぁ、さぁ!」

確率で言えばさほどのことはないはずなのだけれど。
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