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おかえりなさい

様々な代償を払って僕らは日々を生きてきたけど、今日の僕らの贖いの、これ以上があるだろうか。

僕は今にも躓きそうな両足を叱咤し、ひたすらに胸中生まれる感情を噛み砕く作業に没頭した。

呼べない名前を呼ぶことと、呼んではいけない名前を零すことは似ているようで全く違うということを、何も知らないでいた僕に教えてくれたのは、もはや呼ぶべき名もない君でした。

あぁそれでも僕は君のそばに。
…いたかった。
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お願いですから。

お願いだから。
お願いだから少し黙って。

喉を通り舌先震わせ唇の先から空へ飛び立ってしまう、目に見えない“言の葉”なんていう不確かなものにしてしまわないで。
今の僕らの間にひたひたと満ちるもの全て、そんなに簡単に空に溶かしてしまわないで。
今はまだ穏やかな気持ちで手を振って見送ってあげられない。
見送りたくなんかない。
そんな余裕ない。

お願いだから。
お願いだから静かに微笑って。

言葉にしなけりゃ伝わらないことは思いも寄らないほどあまりに多くこの世の中に転がっていて、気をつけなければすぐに躓き転びそうになることも分かってる。
だけど今は黙って。大荷物そのまま抱いて生きていきたい気分なんだ。
その奇麗な瞳を薄く薄く細め、口端を緩く持ち上げるだけでいい。
それだけで今は十分なんだ。
他を求める余裕ない。

方程式メモの処分

簡単に解ける。
簡単には解けるものじゃない。

そばにいるだけじゃ駄目。
ほっといてもいいけど寝たら駄目。

君と僕の間にだけ通用する方程式。
他の誰にも解けない方程式。

君と僕だけが積み上げてきた時間=暗黙の了解事項。

距離感の認知法

「人に優しくするのって疲れない?」

子供みたいな無垢な目をして、だけどその口が紡ぐ言葉は苦笑するしかないくらい擦れに擦れた残念な言葉。

「人に優しくするのって大変だよ。一度甘やかすと人はすぐに図に乗ってもっともっとと欲しがり始める。僕はそれが分かった途端萎えるんだ」

人って我侭や贅沢が好きで、欲望に弱いから。

気だるげに頬杖をついてマナー違反。
手のひらに押し付けた頬が柔らかく歪むのを、僕はただ眺めていた。
きっとその頬は甘やかでぬるいのだろう。不用意に手を伸ばして触れるわけにはいかないけれど。
だってあまりに、あんまりにも僕らの間には距離がありすぎる。
メートルで測ることができる身体と身体の距離も、どんなものさしを持ってきても正確には測ることのできない心の距離も。

…数値に表せない方がいいこともあるんだなぁ。

「どうして君はそんなに人に優しくできるの?面倒くさくない?」

本当に面倒くさそうに、だけど答えを欲して疑問を投げかけてくる。

『それがどれほど面倒くさいことでも、欲しいものがあれば渋々でも何でもするでしょう?』

僕は少しばかり汚れた言葉を返事代わりに投げ返す。
すると薄く目を細めた人は皮肉な形に口端を歪めた。

「そうか、君はいつでも見返りを求めてそうするんだね。でもそれって本当の優しさ?無償の愛は君の辞書にはないの?」

『欲しいの?そんな不確かなもの。先に君が言ったことだよ。人は我侭や贅沢が好きで、欲望に弱いんだって。自分が欲しいものと相手が欲しいものの利害が一致すれば、何でもスムーズに事が運ぶと思わない?』

無償の愛で勝ち取れるものなんてないんだよ。
そこにあるのはどこまでも独り善がりな自己満足だけ。それでもいいなら僕は止めないけど?だってそっちの方が僕にとってはとてつもなく面倒くさい上に得るものがない。
無償の愛こそ、相手を付け上がらせるだけの悪循環。
相手にとっても良くないよ。
それならいっそ、欲しがればいい。欲しいもののために笑えばいい。
何事も等価の代償が伴うことを教えてあげればいい。
贖いってやつだね。

「じゃあ、君は僕が欲しがって何かを差し出せば、それ相応の何かをくれる?」

途端ニヤニヤと良からぬことを企むようないやらしい目になった。
それを見て僕は嫌悪するどころか、そうこなくっちゃ、と心の中でガッツポーズを取る。

『利害が一致すれば、ね』

曖昧に溶かして手を伸ばすのは、柔らかな頬。
そこに無事この指先を触れさせその感触を知覚するために、僕はものさしで測れるだけの距離を縮めた。

洗いましょう、雪のように白くなるまで。

肘の先から滴り落ちた水滴は、むき出しの足の甲の真上で弾け飛んだ。
小さな雫ひとつの行方すら満足に見送れないまま、少しくすんだ鏡に映る途方に暮れた情けない顔ばかり見ていた。

ありとあらゆるもの全て、洗えば奇麗になると思っていた。
石鹸で。洗剤で。シャンプーで。ボディソープで。オイルで。洗顔フォームで。
何度も何度も丁寧に洗い続ければいつか、どんな汚れも水と一緒に排水溝の奥深くに流れて行ってくれるものだと。
光に透かせば向こう側が見えるほど薄く薄く、真っ白に。
いつかなれるものだと。
いつか戻れるものだと。

いつの間にか勝手にそう信じきっていたのだ。

いつかばれる稚拙な嘘を紡いだのも、それに騙されたふりを続けたのも、他の誰でもない自分だったことも忘れたふりをして。
洗って洗って洗って洗って洗って洗って、そうすれば嘘でもいつか、と。
必死に願っていたのだって、他の誰でもない自分だった。

手が痺れるまで擦り切れるまで洗いましょう。
いつか雪のように白く儚いほど清廉になれるのだと信じきったふりをしたまま。

洗ってください、などと他者に願うことなどもうできないのだから。

視界はいつでも狭いもの

「間違えるなよ」

彼は言う。

「今、それしか思い浮かばないからと言って、それが全てなわけじゃないだろう?」

間違えるなよ。
見失うなよ。

彼は繰り返し繰り返し言い含める。

「自分の感情を誤解するなよ。果たして“本当に”そうか?何か自分以外の他に流されてはいないか?」

選択肢はそれだけか?もっとあるのに見えてないだけではないのか?
それとも、見えているのに見てないふりでもしているのか?
目に見えているものを見えないと偽れば、必ず後悔することになるぞ。

彼は両目を細めて繰り返す。

「間違えるなよ」

だけど今の僕の目に見えているのは、彼の眉間に深く刻まれた皺だけだった。

はりぼての恋

僕の身体ははりぼてだ。

多分あの時僕は、一度絶望したのだと思う。
もしかしたら単に周囲僕以外の全てに対して嫉妬していただけかもしれないけれど。
ありふれた絶望だった。
幼稚な絶望だった。
だけどあの時の僕にとっては本当にこの世の終わりのような絶望感だった。
僕は本気だったのだ。真剣だったのだ。

僕の身体ははりぼてだ。

僕は叫んだ。
声には出さず、心の中だけで叫んだ。
欲しがれないなら、いっそ全部いらないと思った。
欲しがれる人に全部あげたいと思った。
僕が持っているものでも欲しがってくれるなら、なんでもあげるのにと。

僕の身体ははりぼてだ。

それでもいいなら、あげるのに!

思えば、僕が今まで生きてきた人生は、執着と諦めの連続だった。
そればかりだった。
それだけだった。
そして多分、これからも。

僕の身体ははりぼてだ。

そして僕はそんな身体で、恋をする。
はりぼてじゃない身体を持っているのに、はりぼてみたいに振舞う君に恋をする。
いつか、はりぼてのふりを続け過ぎると本当にはりぼてになってしまうことを君に知らせるために、恋をする。

夜想曲

僕は、外ではいつも一寸の隙もなく完璧さを纏って生きる君の、その中でも特に拘りが垣間見える髪が、あたたかなシャワーに洗われぺたりと落ちている様をぼんやり眺めるのが一番好きだ。
その毛先から滴る小さな水滴ひとつ逃さぬよう、首にかけた真っ白で清潔で柔らかいタオルで髪を拭きながら、いつもはつんと伸ばしている背中を僅かに丸め、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルをつまみ出す左手の甲浮かび上がる骨の気配も好きだけれど。

少し上向きに持ち上げられた白く肉の薄い顎の下、浮き上がる喉仏が上下して、いつも僕の頬や額に優しいキスをくれる薄い唇から注がれた清く冷たい水が、君の体内に溶け込んでいくのが分かる。
ごくり、思わず僕の喉がつられるように鳴った。

僕は乾いているのかもしれない。
僕は餓えているのかもしれない。

…何に?
多分、君にだ。

君は僕が欲しがるもの何でも惜しみなくくれる。
くれるけれど。
だけど決定的な何かが足りないと僕は思う。
それはどこか見てるこっちが切実さを覚えてしまうほどに完璧主義な君の怠慢などではなく、意図的なものだ。
君は乾き餓えた僕に、まだ早いよ。と笑うけれど、もしそうなら一体いつまで。一体どれほど僕がカラカラに干からびたらくれると言うのだろう。

君は乾いていないのだろうか。
餓えてはくれないのだろうか。
…僕に。

冷蔵庫の前佇む君とソファに全身を委ねたまま君を眺める僕との間、数メートルあるその距離にも関わらず、君のまだあたたかく湿った白い首筋から僕と同じ甘い甘い蜂蜜のボディシャンプーの匂いがした気がした。

月の兎のために、できること

窓から身を乗り出して眺めていたお月様は、見事なまでの満月だった。
お月見の季節はとっくの昔に過ぎてしまった後だけれど、真冬独特の澄んだ冷たい空気の中に浮かび上がる月は、それはそれでいいものだと思う。
寒々しさは当然、どんなに白く揺れる息を吹きかけようとも緩和されないけれど。

そろそろ潮時かな、と思う。
そろそろ移動しなくては、と。

この街にも随分と住み慣れて、愛着も湧いてきたけれど。
このままここに落ち着いて沈み込んでしまうわけにもいかない。
僕はどうしてもひとつの所に落ち着いてしまえない。
落ち着きそうになる自分に気づいた途端、何かに追われるみたいに焦って、動く。
何でもかんでも一から始めなおさなきゃいけないのは本当に面倒だけど、新しい場所でならきっと、今までの僕とはまた少し違う僕に出会えるチャンスがある。
…かもしれないし。

昼間そう言った僕に、そこまでしなくても君は随分変わったよ。と彼は柔らかく微笑んだ。
僕がこの街に越す前からずっと僕を見てきた彼は、あれで結構観察眼に長けてるから、多分本当に僕の僅かな変化も見逃してなんていないのだろうけど。
だけど僕より変わったのは彼の方だと僕は思う。
僕がそう言うと、彼は笑って言った。

「僕が変わったのだとしたらそれは、君のせいだよ」

「…僕のせい?僕が悪いの?」

「いや、君のお陰、かな」

僕らは随分変わったよ。この街のせいでもなく、この時代のせいでもなく、僕らのせいで。
僕らは僕らの間にあった距離を縮めることで、互いに今までの距離じゃ届かなかった色々な影響を与え合い、受け合った。
それがいい方向に作用したものもあれば、もちろん悪い方向に作用したものもあるけれど。
自分ではあまり気づかない内に、僕らは随分、変わったんだよ。

「…そんなに変わったかなぁ?」

僕は昼間の彼の独特な微笑を思い出しながら、ぽつりと零す。
言葉はすぐに外気に冷やされて真っ白になった。

「でも、お月様に兎がいることは変わらない」

不意に背後から響いた静かな声に、僕の肩が勢い良く跳ね上がる。
それを宥めるかのように、ゆっくりと見慣れた腕が後ろから僕の肩を撫で、胸元へと回ってきた。
ずし、と乗っかる腕は、決して華奢には見えないのに肉付きの薄い彼のものだ。さほど重たいものでもない。
ぱりっとした冬の空気に冷やされていた僕にとって、その重さと体温の低さは心地いい。
彼はいつでも、何においても、僕にとって丁度いいのだ。

「月に兎なんていないよ。あれはクレーターの影」

「へぇ、知ってたんだ」

「…馬鹿にしてんの」

「いや、ただ。君なら信じてあげてるのかな、って思ってただけ」

「信じて、あげてる?…誰のために」

「月の兎のために」

兎のため。僕は呟く。
そう、兎のため。彼は言い含めるようにして繰り返した。

心の奥底から信じる者さえいてくれれば、兎は本当に月に存在できるんだよ。
他愛のない些細な嘘すら、心の奥底から信じる者にとっては真実以外のなんでもないように。

彼は少し寂しげに、溜め息をついた。
それは真っ白に揺らめいて、僕の冷たい頬を撫でてすぐ消えた。
あぁ、彼らしいと思う。
溜め息すらも彼らしい。そしてそれは僕にとって、いつでも、何よりも、丁度いい。

彼の熱くもなく寒くもない両腕の間から、もう一度満月を見上げる。
そこには確かに子供の頃、心の奥底から信じた兎の存在がある気がした。

求め求めて彷徨った挙句、僕らは必然と見まごう偶然でもって出会い、そのまま離れることも叶わずこうして寄り添う。
だけど僕の身体はすっかり冷えてしまったし、彼の体温は季節関係なくいつも何故か低い。
僕らの身体と身体をどんなにくっつけてもどうしても隙間が空いてしまうように、僕らはどんなに寄り添っても、僕らの間にあったかいものなんて決して生み出せないんだ。

「…もう一回、信じてみようかな、月の兎」

僕はぽつりと言うと、彼は何でかとても嬉しそうに微笑み、僕の肩に顎を乗せ、僕の頬に冷たい頬を擦り付けてきた。

「冷たいよ」

「君もね」

月に兎はいるよ。彼は笑う。
そこまで言うなら、そういうことにしといてあげる。僕も笑った。

綿飴みたい

この僕に真っ向勝負なんて望まないで。だけど大人独特の難解な回りくどいこともしないで。と僕は我侭を思い、それを口走るには自分があまりに卑怯な気がして苦笑した。
そのまま俯いてしまいそうになって、でもそんなことをしたらせっかくの奇麗な青空が見えなくなってしまうことに気づいてぐっと耐える。
喉の奥に何か小さな硬い粒が沢山詰まって痛い気がしたけれど、それを飲み込もうと何度唾液を落としても敵わなかった。
強情なのは、きっと僕自身だ。

ふわふわと風に乗ってあてどなく移動する雲の塊は、もしかしたら単に僕にあてどなく見えているだけで、本当は目的地がはっきり決まっているのかもしれない。
いとも簡単に形を変えながら、それでも真っ直ぐ、自分が行くべきところへ向かっているのかもしれない。
雲を作ったのは誰だろう。雲に行き場を与えたのは誰だろう。
本当に誰かが雲を作り、行くべき方向を教えてあげたのなら、意地悪しないで僕にもこっそり教えてくれたらいいのに。

「…あれは兎さん、あれはロリポップ、あれは苺。あれはまん丸だからビスケット」

僕は粒ごと苦笑を喉の奥に無理やり押し込み、それでもやっぱり引っかかったままなのも無視して空に浮かぶ雲の形から身近な色々を見出して遊ぶ。
もたれかかった背中と背中、空には君の好きなものが沢山あるんだね。とあなたが静かに笑ったのが伝わってきた。
そうだよ。空には僕の好きなものが沢山あるんだ。僕はふるふると覚束ない頬の筋肉を必死で笑みの形に留めようと、口の中でこっそり舌先を噛んだ。

「あれは砂糖漬けのサクランボ、あれは猫さん、あれはひまわり、あれは音符、あれはボール、あれは、…あれは、君」

僕の声はだんだん震えていくけれど、あなたはそれに気づいておいて気づかぬふり。僕の背中に背中をぴったりくっつけたまま、僕?僕が空にいるの?と静かに笑い続ける。
そうだよ。空には僕の好きなものが沢山あるんだもの。あなたがいないと可笑しいじゃない。
僕は舌先だけじゃ足りないんだ、と頬の内側も少し強めに噛んでみるけど、そんな微かな痛みじゃ足りなかった。
全然、足りなかった。

風に流されながら、雲の形はどんどん変わった。
さっき僕があなただと指差した雲も、ゆるゆると形を崩して流れていった。
変わらないものなんて何もないけど、じゃあどうして変わらないでと願う人と変わりたいと願う人がいるんだろうと不思議に思う。
両方の願いを平等に叶えることって難しい。
僕みたいに、変わりたいと思うことも、変わらないでと思うことも、両方ある人はどうしたらいいんだろう。
どっちか選ばなくちゃいけないんだろうか。

「ねぇねぇ」

僕はわざと拙い声であなたをせがむ。
預けっぱなしの背中で背中をぐぃぐぃ押して、あなたのぬくもりごと全部強請る。
この僕に全て素直に曝け出せなんて言わないで。だけど賢く受け流す術を身につけろとも言わないで。
僕は僕の欲しいものを、僕のやり方でしか欲しがれないんだ。
あなたはそんな僕の酷い我侭も全部ひっくるめて理解して、だけどくつくつ笑うだけで宥めてしまう。
ぐぅぐぅ僕の喉が鳴る。
猫みたいに気持ちよくて鳴るならいいけど、生憎人間の僕の喉が鳴るのは、飲み込みきれない色々が喉の奥に詰まって困っている時だ。
僕はどうしたってぐぅぐぅ鳴る喉に苦笑した。

『あ、君がいる』

ふふふ、背中越し、あなたが笑った。
僕がこんなに困っているのに、あなたは全然関係ないみたいに実に楽しそうに笑う。
僕は丸めていた背筋をほんの少し伸ばして、背後のあなたをちょっと振り返った。
あなたの後頭部からほんの僅か見える頬はやっぱりいつもの笑みが滲んでいて、そのしなやかで温度の低い指先が、さっきの僕を真似るように真っ直ぐ空を指差していた。

『ホラ、あの雲。君そっくり』

「…どこが」

『ふわふわ柔らかくて、儚くて、可愛いところ。ホラ、髪型もそれっぽく見えない?』

「見えない」

僕は唇を尖らせて雲から視線を逸らした。
くつくつ、くつくつ、あなたは静かに笑った。

あなたの笑い声はいつも綿飴みたいにつかみ所がなくて甘ったるいと思う。
雲より何より、遠いと思う。
この僕に現実ばかりを押し付けないで。だけど適当に有耶無耶にもしないで。と僕はまた我侭を思い、だけどやっぱりそれを口走るには自分はあまりに、あんまりにも卑怯だと思って苦笑した。
まだ、俯いてしまうわけにはいかなかった。
だって僕は、あなたが僕に似ていると笑う雲が形を崩してしまう前に、その隣にどうしてもあなたに似た雲をまた見つけなければならなかったから。

何も選べない卑怯な僕は、何も選ぼうとしない卑怯なあなたと背中を預けあったまま。
向かい合える日が来るのか来ないのか、未だに分からないでいる。
空にたゆたう雲の形に、本当はとっても欲しい何かを見出して遊びながら。

揺るぎなく祈り続けるなら

揺るぎなく祈り続けるなら例え、それが、…どんなに無謀なことであったとしても。
求めていた答えその通りそのままが手に入らないとしても、もしかしたらそれに近い別の何かは手に入るかもしれない。と彼は言った。

あぁでもそれでもと僕は喰らいつく。

あぁでも僕はたったひとつの答えだけが欲しいのです。
その他なんていらないのです。
似たようなものでもいらないのです。
それがどんなに瓜二つであろうと、そのものではないのなら違うんです。
身代わりになるものなどないのです。ないと知っていてそ知らぬふりをしていたツケが回ってきているのです。もう後悔なんてしたくないのです。だからどうかどうかどうかどうかどうか!

だけどもうひとりの僕はうなだれる。

あぁでもそれでもこの空っぽな手のひらにあの空から振り落ちる粉雪のようにふわりと降りてきてくれるのならなんでもいいのかもしれない。
この手に入れられるものならなんでも。
僕だけのものになってくれるのならなんでも。
確かなものならなんでも。
それがどこまでも健やかで平穏でぬくぬくとしたものなら、そしてそれが求めていた答えにほど近くあってくれるなら僕はそれだけでもいいのかもしれない。

あぁでもそれでもと僕は揺るぎなく祈り続けたい。
何も知らない奇麗な瞳で真っ直ぐ僕を見つめる彼を今、思い切り突き飛ばせば。この空っぽの手のひらを直接彼の血で汚せば僕の願いが叶うというなら、僕は迷わずそうするのに。

その瞬間を待ち侘びているんだ

別に。今に始まったことじゃないからいいんだけど。
ひとり取り残されることくらい分かりきっていたことだし、今の時点でそれも慣れっこだし。

何も知らずにいられてたなんて、君はなんて仕合せなの。
君はなんてあたたかい最中に守られてたの。

あぁ、僕はもしかしたら、ただ君に嫉妬しているだけなのかもしれない。

未来は予測できるから怖いんだ。
未来は予測できないから怖いんだ。

ランドリーより愛を込めて

洗濯物を放り込み、粉状の洗剤を入れ、後は放置すれば勝手に洗濯も濯ぎも脱水もしてくれる。
便利な世の中になったものだ。なんて口走るには、この便利さは俺たちにあまりに馴染み過ぎている。
でも子供の頃実家にあったのは二層式だったなぁ。いつから実家も全自動になったんだっけ、思い出せない。なんて思いながら、折りたたんであるものを広げるようにして閉じられようとした蓋を元に戻し、ついつい覗き込んでしまった。
ごぅんごぅん、と意外と重厚な響きを伴って、振動する全自動洗濯機。
回っては止まり、逆方向へ回る。
じゃばじゃばと音と波を立てて、色とりどりの洗濯物が水に弄ばれる様をぼんやり眺めた。

「…うあー、ぼーっとする」

一度見始めたら最後だったりする。
脱水する時は蓋がしまっていないと駄目らしく、ピー、と警告音のようなものが鳴る仕組みになっている。
下手をするとその音に叱られる羽目になるほどに、俺はついつい、洗濯機が回るのをただぼんやり眺め続けてしまうのだ。

じゃばじゃばじゃば、じゃばじゃばじゃば、ぐるぐる回っては逆方向。
別にトリップとか、そこまで大げさに言わないけれど。
自分でも何故か分からないけど、なんでか見入ってしまう、単調な連動。
俺疲れてんのかな。いやいや、こんなの別に癒しじゃないし。思いながら。
ついつい。ついつい。

アンタまた…何してんの。そう俺の背中に笑み混じりの声をかけてくる人を、まるで待っているかのように。


(一旦停止)
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