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時折、緩やかさを信じてみる

規則と義務の間に、自由はあるということを。
目を閉じ耳を塞いでいたあの頃は、当然のように知らずにいた。
浮腫むような感覚の指先で触れたそれらは程遠く、ただそこにあって。

ただ、そこにあるだけだった。

同じように、一緒に生きていけると思っていた。
君も僕も、何も持ってなかったし、だけど同じものを持っていたから。
同じものを見て、同じものを感じて。
だけど僕らは手を離した。
このままでは、この指は擦り切れてしまうと思った。

何も信じられないと思っていた。
何でも信じられると思っていた。

それら相反するものを、矛盾と気づかずそのままにしていた。
欲しいものだけを手に入れて、いらないものは無視して。
それが許されるのは、君と手を繋いでいたあの時期だけだったのだと、今更気づいた。

あれから、君は大事なものを手に入れ、
僕は手ぶらのまんま。

どっちがいいかなんて、それは君と僕がそれぞれ決めること。
僕らは最初から、別々の人間だったのだから。
ただ少しだけ、似ていただけで。
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「64.毒」のメモ

僕は君が差し出すものなら何でも。
君が、僕にだけ見せる笑顔でもって差し出すものなら何でも。
例えそれが毒だと知っていたとしても。
そもそも、君そのものが僕にとって毒みたいなもんだし。
それはそれは、甘美な。
常習性のある危険なものだと知っていて、手を伸ばしたのは僕自身。
今更後悔するものでもないし。

それにほら、「毒を食らわば皿まで」って言うじゃない?

どんな痛みでも平気。
幸せはよく陽に干したシーツと毛布のベッドみたいだと思う。
そこにふかふか君とふたり沈むためなら、どんなことだって平気だよ。

The BIRD cage

「呪縛」から、未だ抜け切れていないという、現実。
逃げ切れたと勘違いしていただけの空回りの「逃避行」。

ただ、必要性に気づいて足掻いていただけなんだけれど。
捨てても、無意識に拾ってきた。
未だ消えず、
未だ燻る。

望み求め好んだのは事実。

必然だと、
かたく信じたこともまた、事実。

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完全フィクション

私と加奈子が通う中学には、生徒の中だけで代々伝わっていく七不思議のような、伝説のようなものがあった。
先輩から、兄弟から、人づてに広がる曖昧なものだから、もしかしたらもうすでに原型は留めていないのかもしれないし、そもそもの出所など誰も知らないから信憑性など全くない。
それでもこの中学に通う生徒の殆どはそれを心底信じ、恐れ、そしてどこかで自慢するような節があった。
そしてそれは私も加奈子も同じだった。
その七不思議はトイレの花子さんを筆頭に、どこの中学でもあるようなありふれたものが殆どだったが、ひとつふたつ、この中学独特のものがあった。
それは学校裏手にある焼却炉に向かう途中、校内にも関わらず何故か地蔵がひとつだけぽつんと。木陰に隠れるようにしてあること。
もうひとつは、そのまさに焼却炉の足元に無造作にそこら辺にある少し大きめの石を積み上げて作ったような小さな祠があることだ。
地蔵は当然のことのように生徒内では「この学校で自殺した生徒の魂を慰めるためのものだ」とか、「不慮の事故でなくなったこの学校の何代か前の理事長の代わりに生徒を見守っているのだ」とか、そんな曰くが勝手につけられていたし、
祠は祠で、「小さな男の子が住んでいて、その子は生徒を守っているのだ」とか何とか、座敷わらしじゃあるまいし、と思いたくなるくらいの噂が滑稽なほど真剣に語られているのだった。
他の生徒はわからないが、とりあえず、私と加奈子は祠の中を覗き込んだことはない。
焼却炉なんて日直になれば嫌でも放課後のゴミ捨てで近づくのだけれど、その頃には大体夏でも夕暮れを迎えており、小さな祠の中は真っ暗なのだ。
昼間の日が高い時間に行けばまだ違ったかもしれないが、普通の休み時間などに校舎裏など行く子はいない。
いるとすれば、誰か好きな人を呼び出して告白する人くらい。
祠どころではないのだ。
とにかく私たちはあの祠の小さな暗闇が、周囲がオレンジ色に染まる中、あまりに深くて覗く気になどなれなかった。

それら噂がある以上、当然のように日直、という仕事は生徒にとってとても憂鬱なものだった。
休み時間に黒板消しのチョークの粉をはたくのはいい。
日誌だって適当に書けばいい。
だけど放課後に焼却炉にひとりでゴミ捨てに行かねばならないのが、酷く怖い。
特に加奈子はその恐怖感が過剰だった。
しかし日にちが過ぎれば絶対に日直の日がくる。
加奈子は日直になった日、青い顔をして学校にきた。
休んだところでその日は免れるにしても、次に学校に来た時に肩代わりをしてくれた人の分の日直を任されるのだ。
この学校を卒業するまでは、絶対に逃げられないと知っているのだろう。
「ユキ」
加奈子は酷く深刻そうに私を呼ぶ。
「何よ、どうしたの。顔色悪いわよ」
「今日私日直なの」
私の心配の声など彼女には聞こえていないように、加奈子は淡々とそう言う。
「知ってる」
だから私もできるだけ淡々と受け流そうとした。
すると加奈子は悲痛な表情で私の腕を掴み、
「お願い、放課後一緒にゴミ捨てに行って」
そう頼むのだ。
私はそんなお願いは慣れていた。
何度も同じことがあったからだ。
しかし毎回、加奈子は初めて口にするかのように、今までずっと我慢していたことをようやく吐露するように私に願う。
だから私は毎回、いいわよ、とできるだけ彼女の重みを軽減させようと、軽く了承する。
どんなに嫌なゴミ捨てでも、代わって、と言わない彼女が好きだったからだ。
私の了承を耳にした加奈子はいつも一瞬信じられない、と言いたげな驚いた顔をした後、安堵するように溜息をついて肩の力を抜く。
それを見るたび、了承してよかったと思う。
加奈子は一日、私が一緒に行ってくれる、と安心したようで、日直の仕事をてきぱきと済ませていった。
だけどやっぱり恐怖が蓄積されるように、放課後が近づくとどんどん暗い顔になる。

放課後、職員室に日誌を出しに行った彼女を待って、夕暮れ近づく教室で待っていた。
他のクラスの日直はもうゴミ捨ても終え、帰っていってしまったようだ。
加奈子だけが少し遅れている。
先生に呼び止められてしまったのだろうか。
日誌は当たり障りのないことしか書いてないから問題にならないはず。
私はひとりぐるぐる考える。
さすがに加奈子ほど恐れはないにしても、私だって放課後の校舎にひとり、とか、暗くなってからあの祠に近づく、とかは怖い。
どうしよう。職員室までゴミ箱持って迎えに行こうか。
でも入れ違いになってしまったら、余計に時間がかかってしまう。
太陽が私以外誰もいない教室を真オレンジ色に染める。
それはとても綺麗な風景なはずなのに、どうしても私の心を不安だけでいっぱいにする不快な色でしかなかった。
…加奈子の恐怖が移ってしまったのだろうか。
奇妙な焦りが募る。

すると、遠く職員室の方からばたばたと走る足音がした。
きっと加奈子だろう。
加奈子は目立つほどではないけれど、ちょっと独特の、かかとを滑らせるような足音を立てる。
私は少し安心してその足音が教室に飛び込んでくるのを待った。
「ユキ!」
ガラガラと音を立てて教室のドアが開くと同時に、加奈子が悲痛に私を呼んだ。
「廊下を走ったら先生に怒られるよ」
私が笑うのに、加奈子はもう今にも泣き出しそうだった。
「どうしよう、日が暮れてしまう!」
「そんなに焦ることないよ、急げば間に合う」
「私怖いの!」
まくし立てるように加奈子は叫ぶ。私の軽い口調を責めるようだ。
私は別に加奈子の恐怖を馬鹿にしているわけではない。
自分だって怖いのだ。
夕日が沈むとそれだけ教室に騒然と並ぶ華奢で頑丈な机や椅子の脚の影が伸びる。
伸びた影から今にも真っ黒な触手が伸びてきて、私や加奈子の足を掴んで引っ張りそうだと思う。
だけどそれを口にしてしまうと、加奈子が余計に怯えてしまうから、黙っているだけ。
私まで焦れば、彼女はますます焦る。
だから冷静なふりをしていただけだ。
だけどそれを加奈子は悲しむ。
「知ってる」
私は加奈子を待っていた時のように少し真剣な顔に戻って、頷いた。
「急ごう」
ゴミ箱を掴む。
加奈子ももうひとつのゴミ箱を掴んだ。
教室を出る前、ふと窓を振り返る。
完全な日没まで、あとどのくらいあるだろう。
無意識震える指を牽制する意味も込めて、ひとつ、深呼吸。
「行こう」
廊下に私の声が嫌に響いた。そんなに大きな声なんか出してないのに。
私の声が思いのほか響いたのが怖かったのか、加奈子は声に出さずに頷くだけ。
私たちはゴミ箱を握り締め、できるだけ足音を立てないように(先生に見つかって呼び止められたら貴重な時間をロスしてしまうから、見つからないように)走った。
走った。
息が続かないんじゃないかと思うくらい、足先に緊張を満たして、ゴミ箱を掴む指に力を入れて。
加奈子と私の息を殺した足音だけが、それでも誰もいないオレンジ色の廊下に響く。
どんどん影が迫ってくる。
追われるように、私たちは走った。
どちらかが遅れたりしないように、時折視線を交わらせながら。
荒い呼吸と辛そうな加奈子の表情。
きっと彼女にも、私は同じように苦しげに見えるのだろう。
怖い。怖い。怖い。
呼吸が辛くなればなるほど、日が暮れれば暮れるほど、無意味な恐怖と焦りが増していった。
階段を駆け下りる。
下って下って、玄関で靴を履き替えることもせず、上履きのまま校舎裏に走った。

焼却炉は同じ場所にあった。
足元にはやはり小さな祠。
それを見ないようにしながら、どうか私たちを守って、と心の中で祈った。
私は急いで焼却炉の蓋を開ける。
加奈子はそこにゴミ箱の中身を空け、私の持っていたゴミ箱も受け取ってそこに流し入れた。
そして私はゴミを投げ入れた焼却炉から何か怖いものが出てきそうな気がして、急くようにして蓋を閉める。
たったそれだけだ。
加奈子はそれでも慌てた様子で制服のポケットから小さなスプレーボトルを引っ張り出し、自分の制服に吹き付けた。
それは彼女の癖のようなものだ。
その携帯用のスプレーボトルには液体の消臭剤が入っている。
焼却炉やトイレなどの、少し臭いがするところに近づいた後、彼女は必ずそれをする。
臭いに酷く神経質なのだ。
何もこんな時間のない時にしなくても、とは思うけれど、それでもそうしなければ加奈子は次の動作に移れないことを知っている。
ある意味儀式みたいなものだと思う。
加奈子はスプレーをした後、慌てていたのかスプレーボトルを投げ出し、スカートをはたく。
スプレーボトルは焼却炉の足元、祠の前に落ちた。
途端、
「あ~ぁ」
という、私でも加奈子でもない声がしてはっとする。
いつの間にいたのか、小学生くらいの男の子が校舎とは反対の方向、林のようになっているところに立っていて、私たちの方を指差し、
「それが呼んでしまうのに」
そう言った。
怖くはなかった。その子が誰かなんて考える暇などないのだ。
日没はもう間近に迫っている。
その前に私たちは上履きの土をはらい、教室にゴミ箱を戻し、荷物を持ってこの校舎から逃げなければならない。
私は急いで転がってしまったスプレーボトルを引っ掴み、ふたつの空になったゴミ箱を掴み、
「加奈子、行くよ!」
走り出す。
私が先に走り出しても、加奈子は手ぶらだからすぐに追いつけると思ったのだ。
途中誰か大人とすれ違ったような気がしたが、多分教師か用務員さんだろうと思ってひたすら走った。
加奈子の足音、荒い呼吸音が耳に残っていたから、ちゃんとついてきていると勘違いした。
加奈子が焼却炉の前で立ち尽くしてるなんて、思いもしなかった。

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コズミックブルー

さぁ塗り潰しましょう。
よろしければご一緒に。

色々な色が混ざり合って、もはや元の透明の部分など残っておりません。
白い部分すら微かにすら見えないのですから、もう上塗りしてしまうしかないでしょう。

さぁ塗り潰しましょう。
お暇でしたらご一緒に。

赤がお好きで?
それは残念。
赤は血の色。命そのもの過ぎて熱が痛い。
緑がお好きで?
それは残念。
緑は森の色。酸素が濃過ぎて息苦しい。
黒がお好きで?
それは残念。
黒は影の色。強力過ぎて他の色と重ねられない。
青がお好きで?
それは良かった。
冷たい青は清浄に見せかけて実は悲しい。
空にも水にも似られる代わり、そのものにはなりえない。
本物はそれ以外の何者にもなれないが、偽者はいつでも何でも変化し得るというもの。
透明にも真白にも戻れないのならば、と、最終手段で選ぶにはもってこいです。

さぁ塗り潰しましょう。
よろしければ、全面を。

どこまでも深く濃い青一色に。

内部

いつの間にか空っぽになってしまっていたことに、気づかずにいた。
その空洞は酷く寒々しくて、直視するにはあまりに辛かった。
だからきっと気づかぬふりをして、自分自身を騙していたのだろう。
騙されていることに気づきながらも、それにすら気づかぬふりをしていたのだろう。
空虚に気づいた時、それほどショックではなかった。
むしろショックを受けるとすれば、気づいた時、自分が「さほどショックを受けなかった」ことにだと思う。

その空洞は全てを孕むことを拒絶した。
ただ物質として形の残らぬものばかりを内部で響かせ反射させ、淡々と外へと逃がすだけだった。
内部は鏡のように他を映し、本来の姿を見せなかった。
内部は臓腑のようにおぞましく醜悪だった。
内部は女の肌のように柔らかかくしたたかだった。
内部はガラスのように脆く頑なだった。

内部は、空っぽだった。
それがいつからだったのか、いつ無意識下気づいたのかも、わからないけれど。

その空洞には、君の声はよく響く。

希う

きっと、君を恋しく思わない日はなかったのだ。
君のそばにいた時も、
素直な振舞い方を模索していた時も、
わざと嘘をついた時も、
自ら君のそばから離れた時も、
君の声を無視した時も、
別の考え事に没頭していた時も、
君以外の対象を愛した時も、
凍えて丸まっていた時も、
ぼんやり移り変わる空の色を眺めていた時も、
笑っていた時も、
泣きながら手探りで音を探していた時も、
諦めた時も、
目を閉じ祈りを抱いて膝まづいていた時も、
ただ深く眠っていた時も、
君の事を忘れていた時も。
きっと、君を恋しく思わない日はなかった。

君はいつも同じ場所にいた。
その場所は、きっとここから遠かっただけのこと。
それはとてもとても、遠かっただけのこと。

濡れた砂

遠浅の海は、一体どこまで続いているのか分からない。
どこまでなら歩いていけるんだろう。
青とも緑とも言えない、微妙な半透明の海の中、くるぶしより少し上を濡らすそこに立っていた。
他に見えるものは、海との境すら見失いそうになるくらい、自然にそこにある薄曇の空だけだ。

歩くべきか、ここに止まるべきか、悩んでみる。
どこまでも続いていそうなこの遠浅の海。
だけど不意に深みが現れ、足どころか全身取られてしまいそうで少し怖いのだ。
優しい波間、じっと目を凝らして見てみるけれど、一歩前に踏み出した足に全体重を預けるには、そこはまだ不確か過ぎた。
自分の素足を見つめる。
ゆらゆら波間、まとわりつく砂をそのままにそこにある。
それだけは、確かだった。

ここにただ立つための足はある。
そしてきっと、これはこの遠浅の海を歩き続けるための足でもある。
ただ不安なのは、足場だけだ。

薄曇の空の下、遠浅の海に立ち尽くす夢を見た。
遮るものなど何もないその風景は、どこまでもどこまでも連綿と続いていて、果てなんてないみたいだった。

ぐ、と足の指に力を入れると、濡れた砂の感触が指の合間にあった。
それを確かめた後、その夢を見始めて初めて、片足を持ち上げてみた。

ばしゃり、

水面からあげられた素足には、砂がまとわりつく。
乱された波間、舞う砂。
だけど結局、足が前に進んだのか、それとも元の場所に戻っただけなのか、知ることもなく目が覚めた。

紺色の洋服

数年前、アナタに言った言い訳の言葉。
口先だけの奇麗事を重ねて、その中にこっそり、気づかれぬ程度に本音を混ぜて話す癖は、一体いつからこの身にこびりついてしまっていたのだろうか。

子供の頃、好きだったものがある。
保育園の棚に何故かたったひとり、ぽつりと座っていた小さな人形だ。
あの頃の記憶は殆ど残っておらず、あったとしても大概曖昧だったけれど、その人形だけは他の記憶よりはずっと鮮明に残っている。
毛糸に似た繊維で編まれた肌の白い女の子の人形だった。
紺色地に小さな白い花柄のワンピースを着て、同じ生地のボンネットを被っていた。
毛糸でできたベージュの髪はゆわゆわと、うっすら微笑む表情が可愛らしかった。
そのお人形は当然のごとくその保育園のどの女の子にも人気で、誰もが独り占めしたがった。
自分もそれに執着していた。
だけど、自分だけのものには絶対にならない、とどこかで気づいていた。
時々、うっかり保育園の玩具を鞄に入れたまま忘れ、持ち帰ってしまい、次の日先生に謝罪して返したことがあった。
だけど、その人形だけは絶対にうっかり持ち帰ることなどしなかった。
その人形は、その保育園から外に出られないものだと。
その保育園にい続け、自分が成長して出て行く時も、出て行った後もきっと、そこにい続けることしかできないのだと。
絶対に出してはいけないものだと思っていた。
私はそのお人形にきちんと別れを告げることもなく、卒園して小学生になった。
指を吸う癖を、「お姉ちゃんになるのだから」と窘められ、爪を噛むことで耐えるようになった。
ランドセルは私にとって、あまりに大きく、重すぎた。

その小学校にも、好きだったものがある。
昔この町のどこかに立ち尽くしていただろう古いタイプの円柱型をした郵便ポストだ。
ところどころペンキが剥がれ、長年風雨に晒されたのだろうそれは、何故か校庭の隅にいつもぽつり、あった。
新しい箱型のポストに変える時に学校に寄贈されたのかもしれない。
もはやそのポストの存在意義だったはずの、誰かの思いを記した紙切れを内部に抱くこともせず、ただ校庭にあった。
それは固定されていなかったけれど、子供の力では動かせるはずもなく、いつも同じ場所にあった。
私は同級生たちが鬼ごっこに興じるのを、そのポストの上に器用に上って座り、そこから眺めるのが好きだった。
時折同級生たちは私を鬼ごっこに誘いに来たが、私は鬼ごっこ独特の焦燥感や恐怖感が大嫌いだったので、ここで見ている、といつも曖昧に断った。
ポストの上は、他の子供よりも成長の遅れていた小さな自分にとって、とても新鮮な景色を見せてくれた。
大人になればきっとこれに近い高さの視界で生きられる。
そうどこかで信じて疑わなかった。
固定されていないポストは、時折体重のかけ方を間違うと、簡単にぐらついた。
だけど私はそこから降りようと思わなかった。
同級生たちの笑い声が響く校庭で、私は時間が許される限り、役立たずの古いポストの上に座り続けた。
学年が上がり、教室が校舎の上階になった頃、私は授業中、何度も何度もベランダから飛び降りる妄想ばかりしていた。
頭から落下するイメージ。落ちたそこには、必ずあのポストがいた。
ペンキの剥がれたそれは赤いというより朱色。
私の血の方がずっと赤いと思っていた。
実際はそのポストより赤い血を広げることもなく、そしてやはりきちんと別れを告げることなく、私は卒業して中学生になった。
爪を噛む癖は、抜けなかった。
指定の制服は、やはり私にとってあまりに大きく、重すぎた。

中学生になり、高校生になり、それぞれに好きなものを見つけてきたけれど、それらどれも、自分だけのものにならないとわかっているものばかりだった。
爪を噛む癖は抜けず、頭痛薬を毎晩飲まずには眠れなかった。
強くなりたくて、必死で身体を鍛えようともした。
小さいから、女の子だから、と言われることが屈辱だった。
プライドに縋って、言葉に縋った。
何でもいいわけじゃなかった。
誰でもいいわけでもなかった。
自分が求めているものはいつもわかっていたけれど、それは決して自分だけのものになるものではなかった。
書き散らかした言葉たちに抱かれて、ようやく眠れた。
自分の意思に反して、どんどん女のようになっていく身体が怖かったし、とても恥ずかしかったし、申し訳ない気持ちになった。
どうして自分がまだ生きているのか分からなかった。
結局、私を生かしたのは、音と言葉だけだった。

その、言葉すら。
数年前、アナタに対して偽った。
その、音すら。
私の傷だけが増えたこの身では、全ては抱けない。
爪を噛む癖は、成人する前に喫煙し始めるとほぼ同時に一度治し、最近再発していたけれど、今またどうにか治った。
何がきっかけだったのかわからないけれど、子供の頃好きだったものを思い出しては苦笑する。
決して手に入れられないものが好きだった。
それは、今でも変わらない。

言い訳がましく、繰り返す。
私はまだ、生きている。と。
自分が死ぬ瞬間を夢見始めた時から、20年近く経った今でも。
あの当時の子供だった私が、今の私がまだ生存していることを知ったら、何て言うだろうか。
絶望しそうだな、罵られそうだ。
苦笑。
だけど節目とタイミングを見事なまでに逃してしまった私は、まだ、生きている。
見苦しく浅ましく、過去の記憶を辿り辿り。
少しずつ増えていく「決して手に入らない愛するもの」をひとつ、またひとつを抱きながら。

陳列された商品のように

使い捨てされるべく生まれてきたものたちと同じようにホラ、
使い古されてきたありきたりな言葉を並べてみる。

選んでいいよ、好きなものを。

日本語でも英語でも、中国語でもドイツ語でもフランス語でも韓国語でもイタリア語でもロシア語でもなんでもいいよ。
聞いたこともないような国の言葉でもいい。

選んでいいよ、好きなものを。

ずらり、目の前綺麗に陳列された言葉たちは、きつく握り締めた手のひらの中、くしゃくしゃになってしまった言葉とは違うのか、それとも同じなのか。

使い捨てされるべく生まれてきたものたちと、
使い古されたありきたりなものたち。

ずらり、覚え切れないくらい沢山、綺麗に陳列されている。
小さなポケットの中、ぐちゃぐちゃになってしまった数少ない言葉たちとの違いはどこだろう。

選んでいいよ、好きなものを。

こんなに沢山は扱いきれない。
それほど器用に生きられないから。
恐る恐る。
震える口を伝うのは、結局手のひらとポケットの中の皺くちゃな言葉。

今の僕にできることは?

君のためにできること。
今の僕にでもできる範囲内で、君のためにできることは何だろう。
どうにも役立たずになりがちな僕の手なんかで、君に何かしてあげられるだろうか。
まだ、何かできる力が残ってくれているだろうか。

君のためにできること。
それは不可能だってなんだって、破綻したって無理やりだって、どうにかしてやると思わせてくれる魔法の言の葉。
もし君がいなくて、僕ひとりだったら、結局何もできずに終わるかもしれないと思わせられる。
それが酷く怖いのと同時に、何故か嬉しい気持ちも湧いてくる。

君のためにできること。
それは、自分自身のためにできることよりもずっと、強力でいて不思議な力が篭っている願い。

君のために。
僕なんかにでもできることは何だろう。

悩んで悩んで、それでも答えが出てくれなくて。
ある日こっそり君に聞いてみた。
君は不思議そうに小首を傾げてこちらをまじまじ見た後、僕が真剣だと知ったのだろう、不意に悩むように眉間に皺を寄せ、しばらく唸っていたけれど、ふ、と僅か微笑むように口端を歪ませ、こちらを見た。
君の答えを待つ僕に、君はじんわり滲むような穏やかな微笑みを、こちらに挑むような強気な笑みに変えて。
その瞳の強さに思わず何を言われるのかとたじろぐ僕に、君はふと目を伏せて、

「撫でて」

そう言って、頭を僅か僕の方に差し出した。
え、
問い返す無粋な僕に、君はそれ以上何も言わずに待っている。
恐る恐る伸ばした指先が、君の髪を撫でるのを、どこか他人事のように思う。
君の願いは、だって、

戸惑いがちに君の髪を撫で続けることしかできない僕に、撫でられながら君は、

「そばにいて」

それだけを言った。

僕は君が言った言葉と、その表情がくるくる変わるスピードについていけずに目を瞬かせたけれど。
じわじわ胸の奥、滲む焦りに似たぬくもりに身を捩って苦笑した。
僕の苦笑に、君は不満そうにこちらを睨む。
聞いてきたのはそっちだろ、と言いたげに。

違う違う、と僕は苦笑をやめられないまま、軽く君に手を振って見せた。
違う。

「だってそれはだって、」

いいの?本当にそれで?
だってそれはだって、今にも泣き出してしまいそうになるくらい僕が、…嬉しいばっかりなのに。

君のためにできること。
それは大したこともできない僕に君が願うことなら何でもいいんだ。
できる範囲内のことなら。
そして、その範囲を少しばかり超えたものであっても、多少の無理なんて全然平気だと思わせてくれる力をくれる。
だけど君は、僕ばかり嬉しいことを口にする。
くるくる、表情を変えながら。
僕を翻弄しながら。

僕が、こんな手なんかで君のために何ができるだろうと途方に暮れていたことも知らないはずの君の、僕への願いは。
僕に、嬉しいばかりをくれる。

そう、その時気づいたんだ。
君の嬉しい、は、あまりに、僕にとって嬉しすぎると。
そう、ただ君に、僕は何ができるんだろうと思っていた。
ただ君に喜んでもらいたかっただけ。
僕が、嬉しいから。

残り僅かと思い込んだこの手なんかの力でも、僕は僕の嬉しい、のために、君の嬉しい、を叶えていけるんだと。
君が、教えてくれる。

「そばにいて」

それは、僕の君への願いそのもの。

世界が呼んだもの

世界が呼び込むものは、いつでも正しく美しいものばかりではない。
真っ当なはずだったそれを鞄に詰め込んでも、大切に抱いたとしても。
いつか、偽物に成り下がってしまう。
否、最初から偽物だったのかもしれないけれど。

世界が呼び込むものは、全て玩具なのかもしれない。
それは時として正しく、美しいものとして目に映り、
そして時として間違い、おぞましいものとして見える。
人々はその見え方の違いだけで一喜一憂し、受け入れるのに時間がかかるものほど嫌う。
世界が思うほど、人は変化を愛してはいないのだ。

世界が呼び込んでしまったものの中には、時々悲しいものがある。
それは、呼んでも戻らないものを待つことしかできない人間と、呼ばれてるのがわかっていても戻れない人間だ。
そして、世界が呼び込んでしまったものの中には、時々切ないものもある。
それは、どこにいるのかも分からずそれでも迎えに行こうと、あてどなく歩む人間と、帰る道を忘れてしまい、あてどなくさまよい続ける人間だ。
それら悲しく切ない人間が歩む道が、再び交差することはない。
そして、人間はそれをどこかで知っていて、尚繰り返す。
それら不毛の極みを蔑むことなど、それらを含む全てを呼び込んだ世界にすら不可能だ。

世界が思うほど、人は正しく美しいものではない。
そして、間違い、おぞましいだけのものでもない。

雨の街に嫌われたら

雨の街に嫌われたら、僕らはどうしようか。
僕らの間にたったひとつだけある、どこにでもあるようなビニル傘をさしたまま、途方に暮れて雨の中、立ち尽くそうか。

さぁさぁと降り注ぐ雨は、日本独特の四季がくれた恩恵。
だけどじめじめした湿度はきっと、君を困らせる。
君は唸りながら僕の髪を見るんだ。
そして僕は、君に微笑みかけてやる。
それがいちいち癪に障る、と君はますます苛立つ。
君の不機嫌と反比例して、僕はどんどんご機嫌になるんだ。
なんでだろう。
君のしかめっ面すら、眺めてるだけで不思議と僕の心は浮き足立つ。

雨が降りしきる街に嫌われたら、僕らはどうしようか。
立ち尽くすことすらできないなら、いっそ雨が降らない地域まで一緒に逃げてみる?
途方も無いことを提案しては、君を困らせる。

それでも僕らは、もうひとつビニル傘をコンビニで買う気にはならない。
このままでいいよね。
このまま。

ねぇ、僕を好きでいて。
君のことが好きな僕を、ずっと。

立ち尽くすことも、逃げることもできないのなら。
ふたり、どこにでもあるようなビニル傘、たったひとつで。
分厚い雲間、光が差すまで。
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