スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

引き裂く悪夢

正面から伸びた手に捕まる。
尖った爪が左右に5本ずつ。
胸元の布地に引っ掛かる爪が引きつれる音を立てて。
黒い影は僕に言った。
「お前がこちらに来れば、俺はそちらに戻れるのだ」と。
その声はどこまでも切実なものだったから、
…否、僕はそんなことを考える暇もなく、影の方へと引き込まれていた。
引き裂かれた、と思った。
赤黒い飛沫が目を塞いだ。
そして、その色を塗り込めたかのように、今度は僕が、その声の者の代わりに影になった。
影だった者は光に消え、ひとり残された僕は、元いた場所へ戻るために、他の誰かをこちら側に引き込まなければならなかった。

伸ばした手に捕まえる。
尖った爪が左右に5本ずつ。
掴んで引き裂くのを間違えて、引きずり上げて叩き付けた。
悲鳴なんて、影になった僕にはよく聞こえなかった。
なんて簡単なんだ、と思った。

ぼぅと灯る街灯の元。
光に戻れない僕と、原型を留めていない何か。
「お前がこちらに来れば、僕はそちらへ戻れるはずだったのに」
僕はその「何か」を見下ろす。
「…ち、役立たず」
僕は舌打ちをしてそれを蹴り飛ばした。

無駄に食い潰した僕が、光に戻れるチャンスはもうない。
僕はそれでも、次の獲物を探す。
伸ばした手に捕まえる。
尖った爪が左右に5本ずつ。
そう、とってもたやすいことなのだから。
目的を忘れることくらい。
スポンサーサイト

パステルの泡沫

とある外国人作家の処女作品を手にしていた。
それは彼がまだ十代の頃に書いたもので、まさに大人ぶった子供が書いた稚拙な文章だったけれど。
海を航海する船の船員ふたりと、そのふたりが揺れる船の甲板の上で話す、小さな男の子と雄鶏の話。

少年は、帰る家も、財産もなにもなかったけれど、一羽の雄鶏を大切に抱いて旅をしていた。
雄鶏は少年にとって唯一の財産であり家族であり、大切な友人でもあった。
この雄鶏がいなかったら、少年は本当に、ひとりぼっちだった。
少年と雄鶏がある街へ旅をした時、ひとりのおばあさんと出会った。
おばあさんは親切に少年と雄鶏を向かえ、もてなしてくれたけれど、おばあさんの家には風見鶏がいなかった。
少年はおばあさんの家の風見鶏の代わりに、自分の雄鶏を差し出した。
雄鶏は毎朝同じ時刻に鳴き、風を教えてくれた。
おばあさんはとても喜んだけれど、少年は風見鶏になった雄鶏と別れなければならなかった。
ひとりぼっちだったおばあさんは、ひとりではなくなった。
ひとりぼっちではなかった少年は、ひとりぼっちになった。
おばあさんは少年を引き止める。
風見鶏が、いつもと違う時刻に鳴いた。

船員は、さもその少年を見てきたかのように話をする。
ちゃぷり。
波の音だけがそれを聞いていた。

稚拙な文章はそれでも、淡く美しいパステル絵画のような情景と、海の匂いを運ぶ。
そんな、本を読んでいた。

見知らぬ工場のそば。
むき出しの大きな部品に座り込んで。
たまに、工場の中を覗いては、また本を読む。
何かを作りながら、本を読んでいた。
工場の人に不要な部品を分けてもらって、何かを作っていた。
太さの決まった鉄パイプを持っていた。
それは随分と消費してしまって、長さが足りなくなった。
工場へ行くと、そこの従業員がこちらを向いた。
もうすでにその工場の少ない従業員全てと顔見知りになっていた。
「この太さのパイプ、ありませんか」
問う。
「あるよ、あと一本だけ」
そう言って、人差し指を立てる。
「ください」
頼む。
「いいよ、待ってな」
微笑むでもなく、まるでそれが当たり前のように彼は奥へと入っていった。
もうひとりの従業員がこちらを向く。
「そういえばお前、この奥に置いてあった工具、使ったか?」
「いいえ。工場の工具は使っていません」
「そうか。そうだよな」
彼はこちらを十分に信用しているらしく、すんなり信じてくれた。
「---、」
何かを言いかけて口を開いた。
手には、短くなったパイプの残りと、外国人作家の処女作品。


そこで、目が覚めた。
意味は分からない。分からないけれど、情景はありありと覚えていた。
パステルの海と空と、建物、人、風見鶏の声。

逃走。

ハヤク。

走る。

乱れた呼吸すら痛々しいほど白く。

『…ね、駆け落ち、しよっか』

どこまで?

どこまででも。

一緒に?

そう、一緒に。

『逃げちゃおっか』

何から?

何もかもから。

どうして?

なんとなく。

ハヤク。

走る。

掴んだ指先は白々しいほどに冷たく。

意味もなくゲラゲラ笑いながら俺たちは、走る。

ハヤク。

冬の向こうまで。

さぁ、光が見えてきた。

息継ぎは、そこでするとしよう。

臆病者の悪足掻き

これで全部。
そう言って、空っぽの手のひら見せる俺に。
「まだあんだろ」
彼は詰め寄る。
「ぜってーまだ隠し持ってるって!出せよ」
手のひら差し出して。
「出し惜しみすんな」
そう、彼は俺に詰め寄る。
俺のポケットの中。
何があるのかちゃんと知ってる。
だけどね。
俺はただ、苦笑して首を振るしかないじゃない。
出し惜しんでるんじゃないよ。
そんないいものじゃない。
ただこれは、俺がまた次に君に差し出すものを作り上げられるかどうか、保障がないから。
君がほしがった時、すぐに差し出せるように。
そのための、保存食みたいなもんなんだよね。
だから今、差し出すわけにはいかないんだ。分かってよ。
苦笑しかしない俺に、彼はついと顔をそむけるふり。
「臆病者」
そう、罵る声にすら俺は苦笑でしか応えられない。
まさに図星ですから。
俺のポケットの中。
詰め込むほどもない安心材料はほんの少しだけ。
「今、お前に差し出せるものはこれで全部」
そう言って、ポケットの中指先で手繰って探し出したのは飴玉。
差し出すと、君は鼻で笑う。
「そんなもん、お前のポケットの中身に比べたら」
そう言って、飴玉を受け取らない。
君が、俺のポケットの中身を愛してくれるのは大変ありがたいことで。
だけど俺は君が言うとおり、臆病者で。
肩の力は、いつまで経っても抜けない。
君のために。
自分のために。
妥協なんて許されないし、許せないし。
ごめんね。
差し出すしかない飴玉。
ポケットの中。
君と、自分のための保存食はまだ、出せない。
また新しく、作り上げてポケットの中に詰め込むまでは。
君を、自分を。
ずっと。
できるだけ長く飢えさせないために。

メノウ

流し込む流し込む。

耐え切れず溢れ出そうとするそれを、手のひら無理やり抑えつけて。

流れ込む流れ込む。

抑えきれず指の隙間逃げ出そうとするそれを、爪の先食い込ませ捕まえて。

逃がさないよ、と彼は皮肉に笑んだ。

元より逃げるつもりはないよ、と僕は受け流す。

そしてまた。

凍り付いて、永遠に解けることなく閉じ込めるまで。

Strange fruits

初めてそれを目にした時、まず浮かんだ言葉は
「奇妙な果実」
だった。
死刑台にしか見えなかった禍々しさだけを覚えるそれ。
断頭台ではない。
絞首刑台だ。
もしくはただの、樹木。

昔。
新たな地を開拓しようと乗り込んだ人種が、元々そこに住んでいた原住民たちを奴隷にした。
それら罪もない者たちは、いとも簡単に果実になった。
樹木にぶら下がり、風もないのに揺れる果実。
それを見た他国の人間は、その果実を見て一言、
「Strange fruits」
と言った。
生き物の死を伝えるカラスが、頭上を旋回する。
揺れる果実は完全に風化する前に喰われた。

喰うことのできない果実がそこにあった。
ゆらゆらぐらぐら、風もないのに揺れる奇妙な果実。
内包するものは酷く爛れて、いつか風化するのだろうか。
…彼は一体、何を思ってあれを掴むのだろう。
俺には、奇妙な果実にしか見えないあれを。

昔。
Strange fruitsがぶら下がったのよりはずっと最近。
狭くて暗い密室で、くるくる回った奇妙な果実があった。
それは完全に実る前に引き摺り下ろされ、果実になりきる前に人に戻った。
果実になりそこなったあの人は今も生きている。
もう果実になろうとなど思わないだろう。
2秒もいらなかった。
それはそれはとても、見事な一瞬だったけれど。
それ以来そこは果実の真似事を禁じた。
今となっては語り継ぐものも減ってしまった笑話だ。
…彼はそのことを知っている上でそれを掴んだのだろうか。
禍々しいだけでは済まない、奇妙な果実を。

花守

酷く懐かしく思うのは、会ったこともない祖父の愛した桜の淡い紅と、父の愛する桔梗の濃い蒼。
母の植えた芝桜。
弟の植えた朝顔。
枝垂桜と薔薇の花。梅の花。ツツジ。
あたしは何を咲かせることができたでしょうか。
いただいたパンジーは寒さに凍えてしまったし、愛したペチュニアはいつの間にか塵に還った。
鳳仙花は種を飛ばして、己生えを覚悟したコスモスは毎秋群生を約束してくれたはずなのに。
強く残るドクダミの花は雪の下で眠り続ける。
水仙はどこ。
鈴蘭はどこ。
椿は花ごと落ちた。
猫柳は毎冬探した。
露草は道路の脇に。
紫陽花は裏に。
薊は指に傷みを残した。
蓮華畑は埋もれて、ヒヤシンスは水に溶けた。
月見草も、姫百合も、クロッカスも、竜胆も。
確かに、咲いていたはずなのに。
あの場所に金木犀を願ったのは余罪でしょうか。

あぁ、あの勿忘草を咲かせることができなかったあたしはどこに?
すでに?

カウント

ひとつ、ふたつ、
指折り数えることはとても難しい。
その指先ひと折りに、あまりに重たい数字が重なるから。

これからあと何回、指を折るの。
あと何回、指を折ることができるの。

指先は温度を伝えるし、想いを溶かして流し込む。
重ねる小指は約束事を絡みつかせて、いつか千切れるから。

ひとつ、ふたつ、
指折り数えることはとても、とっても難しい。

君がその意味を知る時が、きてしまうのだろうか。

願った結果は。

夢を、見た。
間に合わない夢だった。
絶対に遅れるわけにはいかなくて、絶対に辿り着かなければいけなくて。
なのに、間に合わない夢だった。
悲しいとか悔しいとか、そんなのとっくに通り越して、ただ。
ただ、呆然と立ち尽くす夢だった。

目を開くと、まだ暗闇の中だった。
携帯のバックライトを点して、時間を確認して。
まだ眠ってもいいと、安心して。
絶対に、間に合ってやる。
強く思って、目を閉じた夢だった。

結果ですか。
もちろん、間に合いましたよ。
何があろうと、遅れるわけにはいきませんでしたから。

似非童話「嘘」

昔々。
それはまだ人が望んで手を伸ばせば、虹にも触れられていた頃のお話。

一人の青年は、自分の立ち位置の平行線上に立つ彼の姿を見つけました。
彼は青年に見つけられたことにも全く反応を見せませんでしたが、青年がこちらをじっと見つめていることにはとっくに気づいておりました。
だからと言って、何か反応をするわけにはいかなかったのです。
だって彼はその青年の平行線上に立つ者。
彼はそのことをよぉく知っておりましたので、青年の視線など無視してしまうしかなかったのです。
そしてそのことを、彼は特になんとも思っておりませんでした。

さて。
彼のそばには一人の男がおりました。
青年からは姿の見えない、彼にしか見えない男です。
その男は微笑んで彼に言いました。
「わからずやのおりこうさん」
彼はその言葉の意味が分からずに、だけども、青年がこちらをまだじっと見ていることを知っていたので、首を傾げることもできず、視線だけ僅かにずらして男を見ました。
男は彼にしか聞こえない声で、また笑いました。
「ものわかりのいい大人を演じた者の末路を知っているだろう?」
彼はその言葉を耳にした瞬間、その一瞬だけ、青年から見えない方の片目を歪ませました。
そんなこと、言われなくてもとっくに知っていたからです。
しかし、彼にしか見えないその男の言った言葉の真意がわかりませんでした。
「逃れたければ逃してやろうか」
彼にしか見えない男はまた言いました。
彼はまた、青年から見えない方の片目を歪めました。
青年は未だにじっと彼のことを見ていたので、彼はもうそういった反応しかできなくなっていました。
声を出すことも、動くことも、できていたはずなのに、いつのまにかできなくなってしまったのです。
可哀相に。彼はもはや座ることも歩くこともできないのです。
うっかり青年が平行線上に立つ者である彼を見つけてしまったがために。
そして、目をそらさないがために、彼はとても窮屈な気持ちになりました。
彼は祈ります。
どうか、どうか、自分の目を潰して、この男を。そしてあの青年を見えないようにしてください。と。
その折には、できればこの耳も塞いで、声も聞こえなくなるように。と。
彼は青年の真っ直ぐな視線から逃れたい一心で、それはそれはとても熱心に。
しかしそれを表情に出すことなく祈りました。
最初は青年の目を潰してくださいと祈ろうかと思っていたのですが、それにしては青年の瞳は真っ直ぐで美しかったので、惜しくなったのです。

やがて。
青年の平行線上に立つ者である彼の祈りは叶いました。
半分だけ。

青年の美しい瞳を、彼にしか見えない男が潰してしまったのです。
そして男は青年の耳をも塞いでしまいました。
きつく閉じた瞼の隙間から真っ赤な血を滴らせ、しかし青年は彼の方向を向いたままで立ち尽くしておりました。
その痛みはどれほどのものか、彼にはわかりませんでしたが、彼はその血を見て悲しくなりました。
今は堂々と青年の方を見ることができるようになりました。
耳も塞がれているので、声を出すこともできますし、座ることも、歩くこともできます。
しかし彼はまず、彼にしか見えない男を責めました。
「俺が祈ったのは、こんな結果ではない。何故あの青年の目を潰し、耳を塞ぐ必要があったんだ」
すると彼にしか見えない男は、彼にしか聞こえない声で笑いました。
「逃げたいと祈ったのはお前だろう。俺はお前を逃がしてやったまでだ」
「逃げたいだと?そんなこと祈った覚えはない」
彼は激昂します。
それでも男は飄々と、悪びれる様子もなく笑います。
「あの青年の美しい瞳から逃れたいと思ったのだろう。心の底では、あの瞳がほしいと思っていたのに、嘘をついた。それがお前が作った罪。そしてお前に科せられる罰は、もう永遠にあの青年の美しい瞳が元に戻らないことだ」
男はそう言ってご機嫌そうに笑うと、彼の肩をぽんぽんと叩きました。
彼はそれを振り払います。
すると、男は今度はとても強い力で彼の肩を掴みました。
指先が食い込むほどです。
痛みに彼が顔を歪めました。
その指を見ると、指先はあの青年の美しい瞳から出た鮮血で汚れています。
彼は肩よりも胸が痛み、悔しくて悔しくて、泣き叫びました。

祈りに嘘をついたと男に言われて、彼は言い訳ができませんでした。
彼は本当は、青年のあの美しい瞳が心底ほしかったのですから。

彼は男の手を引きちぎらんばかりに振り解き、平行線上に立つあの青年を見やりました。
青年は痛む瞳を瞼で閉じたまま、それでも見えていた時と同じように、こちらにまっすぐ向いておりました。
可哀相に。
平行線上に立つ者である彼を見つけ、見つめ続けてしまったがために、その青年は光を失い、音をも失ってしまったのです。
それでも青年はじっと動かず、表情ひとつ変えず、じっとこちらの方を向いています。
そこで、彼はようやくはっとしました。
青年の視線に彼が動けなくなってしまったように、今度は青年が彼のせいで動けなくなってしまったことに気づいたのです。
彼が、自分の心に嘘をついたがために、あの美しい真っ直ぐな瞳が永遠に失われてしまったのです。
彼は呆然と青年を見つめました。
平行線上に立つ者同士、近づくことは愚か、言葉を交わすことも視線を交わすことも、何一つ許されていないふたりは、全く同じ場所で動けないまま、お互いを思います。
酷い仕草で手を振り払われた、彼にしか見えない男はまた、笑いました。
「わからずやのおりこうさん」
ふたりとも。ね。
そう言って、男は彼の目の前から消えてしまいました。
彼はそれでも反応もできず、動くこともできず、ただ、光も音も、全てなくしてしまい、動けなくなってしまった哀れな青年を見つめ続けます。
その瞼の向こう、美しかったまっすぐな瞳を思いながら。
はたはたと頬を滑り落ちる涙は、青年の瞼の隙間から流れ落ちる血液と同じくらい、痛むものだと知らずに。

昔々。
それはまだ人が本当に心底望んで手を伸ばせば、触れられないものに触れられていた頃のお話。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。