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Another side of 「Down follow」

僕もきっと残酷なのだろうと思う。
あなたが求めることすら見抜けないままで。
見ようともせずに。

それは臆病さのせいだけではなく、ただいつの間にか盲いた僕が。

膝まづいて必死で手探る狭い範囲。
見えないが故の想像力。
それはいづれか妄想から取り付かれるほどの妄執へ。

遠くで、あなたが叫ぶ。

「違う」

だけどいつしか僕は盲目な上に難聴にもなっていて。
あなたの声すら、聞こえないのだ。

だから

お願いです。
お願いですから。

取り縋るように哀願する。

毎夜僕を襲う妄執を止めてください。
僕を食いつぶそうとするかのように集るあの蟻だった黒い染みを排除してください。
僕を全て覆い隠すように蠢くそれを。
僕から引き剥がしてください。
ひとつ残らず全部。

それらが叶わないのだとすれば、もう、終わらせてください。
この地獄を、止めてください。
この脳を壊してください。

でなければ僕は終わる。
僕は壊れる。

子供の頃壊してしまった玩具のように容易いことですから。

どうか。

せめて。

あなたのその手のひらで。

そう願う僕はきっと、残酷なのだろうけれど。

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廃棄。

言葉は余計だった。

人間は、余計なものを作りすぎた。

それだけだった。

僕たちに、言葉、なんてツールがなかったら良かったのにね。

そんなはずはないのに

冗談でしょ。

どこにいったの。

冗談だって言ってよ。

ねぇ。

今すぐ、冗談だって笑ってよ。

冗談でしょ。

どこにいったの。

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祈り

目を閉じて。

そう彼は言った。

次に目を開ける時、君は俺のこと、全部忘れるから。と。
大丈夫、俺の記憶だけ、奇麗に忘れられるから。と。

目を閉じて。

そう彼は言った。

僕の両瞼を優しく手のひらで宥めるように、閉じることを促すように撫でて。

君が次に目を開ける時、君は俺に関わってしまったこと、全て忘れるから。と。
平気だよ、俺のことだけ、すっぽり忘れるから。と。

僕がそれを望もうが望まなかろうが、彼にとっては関係がないことなのだろう。

僕が彼のことだけを奇麗に忘れ去って、そして生きていくことだけを望む彼ならば。

おまじないをしてあげよう。

そう微かに笑った気配の向こう、僕はこみ上げる涙を噛み潰しては耐えた。

それが、あなたのためならば。

乱暴なものたちの先に

乱暴な歓声の先に見えたのは、君の汗の光だけだった。

無理やり呼び出して喰らい尽くした君の血肉にも相当したそれらは、苦い味しかしなかったのに。
あの数十分間は、互いにとっての毒でしかないはずだった。
無駄にすらなってくれないものだ。
いつまでも体内に残って、じわじわと蝕んでいくんだ。

あぁ、頭痛がするよ。
耳鳴りも止まらない。

だけど君はきっと慣性と惰性の法則で歩くんだ。
立ち止まることすらできないできっとそのまま。
泳ぐことを止めたら死んでしまう回遊魚みたいに。

呼んでほしい愛しい名だけを叫び続けて。

君があんなに欲しがっていたあの場所は、そんなにいい所ではないよ。

風は吹かない。
雪も降らない。

所詮はただの、仮宿なんだと。
どうか気づいてください。
君の夢を壊すつもりはないけれど。

今日見上げた空の色だけは、忘れないでいたいと思った。
あの刹那だけ。

君の苦い味が蹲る。
役にも立たない耳の奥で。

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ざわざわと、風が巻き込まれて、無理やり掻き混ぜられていく。
ごうごうと、捻れるように、空気が縦横無尽に歪んでいく。

集まって舞い飛ぶ鳥たち。
夕暮れの橙から紺へと変化していく空の中。
集まることで一つの塊のようにも見えるほどの、集団。
空を黒い影で染める、変化する大きな塊。
その黒一点一点が、全て生きている個体だと思うと、怖くなる。
その塊は、塊を呼んで。
どんどん、大きく育っていく。
どんどんどんどん。

一瞬も同じ形でいない、大きな影。
舞い飛ぶ鳥たちの集団が、空をいがませる。

「少し怖い」

呆然とそれを見上げていた君が、ぽつりと零した。

「鳥たちは、あんなに沢山集まって何を相談するんだろう?」

空を見上げたまま動かなかった君は、ひっそりと俯いた。

「ヒッチコックの『鳥』みたいだね。僕も少し怖い」

相槌にもならない言葉しか浮かばない僕に、君は少し笑って、また空をいがませる大きな黒い影を見上げた。

「集まって集まって。明日のことでも相談するのかな。隣町の公園の木に、美味しい実が沢山生ったよ、とか。情報の交換かな。もしくは、会えたことを喜び合うだけかも。今日一日の、仲間の無事の確認、とか」

「あぁ、生きてる、って?」

「うん。それか、僕たち人間にはわからない目印が空にもあって、そこで皆で待ち合わせの約束をしていたのかもしれない。ねぐらに帰る前に、ここで皆で待ち合わせねって」

君はそう言って、そう思うと、まだ怖くない。と微かに笑った。
そうだね。僕は的確な相槌を打てているかも分からない言葉で相槌を打って、また、空を黒く染める塊を見上げた。

「そろそろ行こうか」

うん。頷く君を連れて、僕は行く。

振り返ると、先刻よりも紺色の濃度の濃くなった空の合間、黒く染める塊はどこかへと移動を始めていた。

僕たちの向かう場所とは、逆方向へ。

距離は目で確かめられるもののみに非ず。

金網越しの君。

気づいて欲しくてがしゃがしゃ音を立てるのだけど。

君は気づかず立ち去って行く。

金網越しの君。

今日も同じ時間に、そこにいる。

気づいて欲しくてがしゃがしゃ音を立てるのだけど。

君は気づかず立ち去っていく。

今日も同じ時間に。

こんなに近くにいるのにな。

金網越しの君。

こんなに近くにいるのにな。

声をかけることができない僕は、同じ時間にそこに立つ君に気づいて欲しくって。

金網を掴んで揺さぶって、がしゃがしゃ音を立てるのだけれど。

今日も君は気づかない。

あぁ、また君が立ち去る時間になってしまった。

君は今日も気づかない。

金網の向こうの僕に背を向けて、行ってしまう。

どこに行くのか知らないけれど。

金網越しの君はきっと、また明日、同じ時間にここに来るのだろう。

そしてまた、僕に気づかず同じ時間に行ってしまうのだろう。

ねぇ、気づいて。

金網越しの君。

こんなに近くにいるのに。



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酷く乾いた喉の奥。

思い出した。
そうだ。そういえば、乾いていたことを自覚する刹那もあった。
いらない。
そう思って、そう恐れて、そう信じていたことを、あっけなくあの腕が。あの胸が。あの呼吸が。あの温もりが、壊してしまった刹那があった。

それらは弱さだと知っていた。
子供の独り善がりだと知っていた。
それだけ君の腕が、胸が、呼吸が、温もりが、心地良かったから。
恐れも怯えも忘れるほどに。
泣けてくるほど、温かかったから。
うっかり縋りついてしまいそうだった。
そっと強く、抱き締めてしまいそうだった。
何でも許してあげたいと思ってしまった。
そばにいてと。言ってしまいそうになった。

だけどそれらは結局、偽者でしかなかった。
幻にすぎなかったのだ。

何故なら僕はあの時、己の枯渇に気づいた時僕は、残酷なまでに。
君の温かさの中、目を閉じて強く願ったのだから。


「…君が、彼だったらよかったのに」


と。

そして僕はまた、恐怖で構築する。
二度と会えない彼を求めて。

ただ優しかった君と、二度と戻らないあの頃の僕らの破片を置き去りに。


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ボツか採用かは未確定3

飢えろ。
逃げろ。
耐え切れるものなら、耐えてみせろ。
限界まで。

そう、深淵の淵はすぐそばでお前を飲み込もうと待ち構えている。
溶け込む漆黒の触手を蠢かせて。
お前を手招いている。
お前を掴んで引き摺り下ろしたがっている。
舌なめずりの音が聞こえるだろう?

意外と容易いものだ。
さぁ。


…く、

思わず、口端から嘲笑が零れ落ちた。
それは滴となって己の体躯の真下に組み敷いた弱いだけの「もの」の上に降り注ぐ。
息も絶え絶え。
身体全て。心全て擦り切れても。
それでもこちらを睨み上げる奇麗な瞳の色だけは、変わらない。

そう、これだ。と思う。
これこそが、俺が、この襤褸雑巾を持ち帰った理由だと。
死ねないぎりぎりのところまで、洗って繕って修理するという面倒なだけの手間をかけた理由だと。
相棒すら「物好きだナァ」なんて笑うほどに。

足を折った。腕も折った。
そのまま放置すればきっと、自然治癒を行おうと足掻く肉体は、歪なかたちで骨が結合して、二度と元の形には戻れなくなるのだろうと思った。
それはそれで、面白いのだけれど。
奴みたいな人体改造は趣味ではない。
あくまで獲物は獲物然としていてほしいものだ。
いつか逃げ出す、なんてしてくれたら、それはそれで大歓迎。
また鬼ごっこができるわけだ。
俺から逃げ切るなんて不可能。
俺はもう、お前の血の味も、血の匂いも覚えた。
地の果てまで追いかけて、また捕まえてやる。
あぁ、楽しそう。すっげぇ、楽しそう。
にや、口端がまた、無意識に歪む。

襤褸雑巾の折れて変な方向へ向いた腕を掴んで、無理やり元々の形へもう一度折る勢いで捻り上げる。
ついでに足も。同じように。
骨が肉を抉る鈍い音。
ちょっと突き破っちゃったかもな。と思う。
確認のために腕を持ち上げても、すでに血まみれで怪我だらけだから、よく分からなかった。
ぽい、と掴み上げた腕を放る。
その一連の俺の行動で、襤褸雑巾は壊れたみたいに面白いほどに叫んだ。
限界まで見開いて充血した両の目から、ぼろぼろと涙が落ちる。

「なぁに泣いてんだ。直してやってんじゃねぇかよ。俺ってばちょー優しいと思わねぇ?」

くく、

笑みが零れる。
もう今までの責め苦で悲鳴をあげ続けすぎて、喉もぼろぼろのくせに。
声なんかあんまし出なくなってたのに。
多少の痛めつけでは叫ぶ気力もなくなったか、と思ったのに。
じゃあ仕方ないからちょっと直してやるか、と思って修理を始めれば、簡単に叫びやがる。
ぶるぶると震える襤褸雑巾。
無理に叫んで喉を酷使したせいか、少し吐血した。
それをにやにや見下ろす俺を、睨む瞳はもう、ない。
どこも見えてないみたいな、壊れた色。
ぱくぱく口を動かすから、なんだよ、と問いかけてやれば、もう耳タコな台詞が掠れて掠れて、だけど辛うじて聞き取れる。

…も、ぅ、…ころ、してくっ、れ

だってさ。…馬っ鹿みたい。

無様なほどに見事なほどにぼろぼろ。
だけど一向に屈しない瞳がいい。
哀願して懇願して。
だけど瞳だけは俺のものにならないのがいい。

あぁそうだ。
飽きたらこの目、抉って捨ててやろう。
まずはそうしよう。
飽きるまでは絶対に、この目だけは潰さないでおこう。
他のどこを、壊してでも。
これが、こいつの醍醐味だ。

「子猫ちゃん、お目めが真っ赤だなぁ。ウサギちゃんみたい。あぁ、これからはウサギちゃんって呼んでやろっかぁ?」

笑う俺を見上げた瞳だけは、やっぱりいい色してやがる。
だけどきっと、このまま放置したら完全に壊れてしまうんだろう。
限界ぎりぎりまで、洗って繕って、修理してやろう、とまた思う。

「イイコにしてろよぉ?お薬取ってきてやるからなぁ」

がしがし頭を撫でて。
ついでに唇を噛んで、ねっとりと舐め上げてやった。

甘い血の匂いと味に、満足する。


飢えろ。
逃げろ。
生きろ。

限界まで。

絶対にお前は深淵に飲み込まれる。
絶対に。



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ボツか採用かは未確定2

乱暴にドアを開ける。
今までだってそっとノブを回して静かにドアを開けたことなんてなかったけれど、それでもいつもよりずっと乱暴を心がけて、わざと音を立てて開ける。

そんなこと繰り返したら、ドアの寿命が縮まるんだろうな、と人事のように思う。
そういえば俺や、俺の相方のドアは他の部屋のドアよりも壊れる頻度が高い、と奴は顔をしかめていたな、とどうでもいいことを思い出しながら。

派手に音を立てて開いたドアの向こう。
今まで誰もいなかったそこに、存在するようになった「もの」。
俺はそれを気まぐれに思い出したりすっかり忘れたり。
「襤褸雑巾」と心の中で呼びながら、口先では「子猫ちゃん」と話しかけるようになった。

返事なんて当然ない。
元よりそんなもの欲していない。

優しくする気など毛頭ない。
そんなことしてなにになる。
自分自身も楽しくない上に、無理をしなければならないからストレスでしかない。
そんなことしてどうなるっていうんだ。
所詮、いつか完全に壊れて、そしたら他のゴミ同様、捨ててしまう玩具なのに。

「イイコにしてたぁ?子猫ちゃん」

にや、と口端を歪めて見下してやる。
散らかり放題の床の上、まるで本物の子猫が必死で全身総毛立たせて威嚇するみたいになった「もの」を。

ちっとも怖くない。
弱者の威嚇ほど滑稽なものはない。
歯向かうにしてもせいぜいできて、拒否の言葉と暴言を吐くだけ。
その暇さえ与えないくらい悲鳴をあげさせれば、爪で引っ掻くだけ。
その爪さえ引き剥いでやれば、噛み付くだけ。
噛み付く気力もなくなるくらい痛めつけてやれば、あとは簡単。
逃げ出すこともできないよう、足を折った。
暴れるのもまたいいけれど、あまりにしつこかったから苛ついて、腕も折った。
放置しておいたらゴミになるだけだった身体を、ぎりぎりのところまで洗って繕って修理してやった。
ころしてくれ、
なんて懇願されても聞く耳なんかもたない。
むしろ懇願でも哀願でもなんでも、叶えてやるわけがない。
俺からすれば、ただの「嬌声」だ。

アァ、心地いい。
頭ん中、お前の悲鳴でいっぱいにしてくれよ。

襤褸雑巾。

奇麗に洗ってやったのに、また血と埃で汚れていやがる。
床なんかにはいつくばってるからだ。
また風呂に入れてやろうか。
ついでに遊んでやろうか。
本物の猫みたいに、特に風呂で遊ぶのを嫌がる襤褸雑巾。

嫌がって嫌がって、泣き叫んで。
最後にはどうせまた、気絶すんだろ。
そしたらまた、完全に壊れてしまうぎりぎりまで、洗って繕って修理してやる。

「子猫ちゃん、遊ぼっかー」

全身毛を逆立てて威嚇するみたいに、静かに殺気立つ襤褸雑巾。
そんな静寂、いらないよ。

反抗してよ。抗って。叫べよ。苦痛に錯乱して喚け。
もっと鳴け。泣け。啼け。

「なぁにして遊ぶぅ?」

嘲笑する俺を、睨む襤褸雑巾。

アァ、心地いい。

まだまだ、開放なんかしてやんねぇ。


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ボツか採用かは未確定。

襤褸雑巾。

それだけだった。
普段なら不必要。すでに自分を楽しませる玩具にもなりえない。
もはや価値のない、いつもなら適当に捨て置くはずの、それ。
なのに何故だろう、それがここにあるのは。
それが、限られた人間しか入室させないこの私室に転がっているのは。
狭くはないが、物が散乱して乱れた私室。
これ以上余計な物は増やさないようにしなければ、と思っていたのに。
元々少なかった足の踏み場が減ってしまった。
どうしてだろう。
分かっていたのに。
面倒くさいことは嫌いなのに。
余計な荷物など、不必要なのに。
もう、それに価値などきっとないのに。

まじまじとそれを眺める。
もはや襤褸雑巾としか呼べない、自分にとってもはや価値なきもの。

しかしそれらは愚問だった。
自らの手でそれを持ち帰ったのだから。
ただ、その理由が自分でもわからない。

なんとなく。

そんな簡単な言葉しか浮かばなくて、それが妙にもどかしくて。
思わず舌打ちをした。

「…ぼろぞーきん」

口にしてみる。
床に乱暴に落ちたそれを揶揄して。
しかしそれはこちらに対して歯向かうことも、睨むことも、
それどころか何の反応も寄越してこない。
閉じられた瞼は青白く、投げ出された四肢も髪も血と泥で汚れてそのまま。
纏っていた衣服など、ほぼその役割を果たしていない。

それらは全て、自分でわざとそうしたのだけれど。

…もしかしたら、もう駄目かもしれない。

普段なら、そんなことも思いもしないのに。
どうでもいいのに。
そう、最初は思わなかった。どうでもよかった。
最初は、いつも通りだったのだ。
いつも通り、気まぐれに鬼ごっこをはじめた。
逃げ惑う獲物を捕まえて、遊んだ。
気が済むまで。
普段は、そこで終わり。
適当に放置して、その玩具が完全に駄目になったら捨てに行く。
ゴミは、ゴミ箱へ。せめて街はこれ以上汚すな。
そう、奴が口を酸っぱくして言うからだ。
全て従うつもりなどないけれど、この程度ならまぁいいか、と適当に守っていただけ。
別に。譲る譲れないとかいう、切羽詰ったことでもないし。
問題はいつも、自分が面白いか否かだけだし。
それに、ゴミをゴミ箱へ持っていく自分たちを見て、ますます獲物たちが怯えあがるのが気持ちよかったし。
次の獲物との鬼ごっこもまた、余計に楽しむことができる。
ちょっとしたスパイスみたいなものだ。

…そう、恐怖。
その一色だけにまみれた視線。
逃れようと足掻く粗い呼吸音。
もつれる脆弱な手足。
視線をそらす脆い精神。
哀願する悲鳴。
絶対的な恐怖だけがその身全てを包んだ時、自分たちにしかわからない、しかし濃厚にふわりと香る、甘い匂い。
それが全て。
それら全てが揃った時、始めて自分たちの至上の玩具となる資格をもつ。

…そうじゃなかった。
これだけは。
逃げた。
最初は同じように。
だからいつもと同じように楽しんだ。追いかけた。
だけど、捕まえて遊んでいる時、今までのどの玩具とも違うことに気づいた。
どう違うのか、いまいちわからなかった。
ただ、遊び終えて、普段なら適当に捨て置くはずのそれを、何故か、放置できなかった。

ゴミはいつも、その襟首を掴んで、乱暴に引きずってゴミ箱へと運ぶ。
だけどこれだけは、肩に担いだ。
これ以上、傷を増やさぬように。
相方と合流する前に、私室に運んだ。

何故相方に見つからぬようこっそり私室に運んだのか。
そもそも、何故持ち帰る?
はたして傷を増やさぬよう肩に担ぐ意味などあったのか。
すでに己の手で襤褸雑巾としか呼べぬほどに痛めつけたというのに。

ぐるぐると己の思考をループする疑問。

埒が開かない。
元々、考えることは苦手だ。

ふと、床に転がった襤褸雑巾を見やった。

ぴくりとも動かず、放り出したままの姿でそこにある。

「…ぼろぞーきんのくせによぉ」

洗えばましになるだろうか。
繕ってやればいいのだろうか。
修理すれば治るのだろうか。

少しは見れる姿に戻るのだろうか。
また、遊べる玩具に戻るのだろうか。
自分を楽しませてくれるのだろうか。

しかし、その未来への期待よりも、そのための手間の方が明らかに面倒だ。
こんなことなど当然初めてだから、どう対処していいのか、どうすればいいのかなどわかりはしない。
普段ならそう、街へ出れば幾らでも他の玩具があるのだから。
こんな面倒なことなどしなくとも、毎日存分に楽しめる。

なのに、…何故、これなのか。

床に落ちたまま、動かないそれ。

「…なんで持って帰っちまったんだろぉなぁ…ナァ、子猫ちゃん?」

当て所なく呟く己の問いに答える者など、元よりこの私室には存在しない。

あるのはただ、床に転がった襤褸雑巾だけ。



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それは、何だかとてもよく似ていた

友達のお誕生日のホールケーキを手に持って歩くのは、まるで愛しく幼い子と手を繋いで歩く時と似た感覚だった。

いつもよりもずっと慎重に歩くことも
人とすれ違う時、気を使うことも
ちらちらと手元を確認してしまうことも
そして、そのたび頬が緩むことも
とても穏やかな気持ちになることも

何かに誰かにぶつかってしまわぬように
壊れてしまわないように壊してしまわないように

決して、損なわぬように

儚くてやわくて甘くて優しくて愛しい幸福を、守りきりたいと願うように

無事、家路につけるようにと願うように

大切な幸せを手に歩いていると、ふわりと感じることも似ていた。


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