スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

季節が僕を呼ぶ頃に

雨に濡れた。
それはそれは盛大に。
僕はこっそり誰にも気づかれぬようひっそり、今朝自宅から出る時玄関先で無表情の上貼り付けた笑顔の仮面をずらして眉間に皺を寄せた。
ひとり最寄駅から歩く帰路。今なら誰にも見咎められることもないだろう、と踏んでのことだ。
ばらばらと激しい音を立てて雨粒が半透明のビニルを叩く。
傘を差している分まだ頭や肩は無事なのだけれど、何を慌てているのか勢い付き過ぎた雨粒がアスファルトの上飛沫を上げるものだから、靴も靴下もパンツの裾も、それどころか膝下全てがぐっしょりだ。
これでも慎重さを意識して、いつもよりずっと小さな歩幅でゆっくり歩いているというのに。
僕の両足はそんな僕の努力を哂うかのように、刹那でも意識を緩めるとすぐに帰路に焦って前へ前へと進もうとする。
傘の恩恵に与れる範囲を完全に無視する。
ばしゃり、薄暗い道では見つけにくい水溜りを踏んで我に返った。

僕にとって玄関から一歩でも出たそこは、ただ溜め息をつく暇すら必死で目を凝らさなければ見つけられないくらい騒がしく荒々しい戦場みたいなものだ。
毎朝玄関のドアを開ける前に顔の真上に正しい処方で貼り付ける仮面は息苦しくてかなわない。
皮膚呼吸どころか普通の呼吸すらしにくい。
それに、視界も狭めるから自由がきかなくて苛々したりもする。
しかしだからと言って外したままで戦場を歩けるわけがない。
素っ裸で敵だけがわんさかいる地雷原に突っ立ってるようなもんだ。
以前、その比喩はどうかと思うよ、と笑われたことがあるけれど、僕はこの例えが一番僕にとって的を得ていると譲らなかった。
だから僕は外ではいつもつい早く歩く。
景色や状況を楽しんでいる場合ではないのだ。
そんな余裕、いつも欠片もない。
だから僕はいつもつい無意識に帰路を急ぐ。急いで、焦る。
気をつけてないと、焦るあまり足がもつれそうになるほど、何の心配も不安もなく溜め息がつける安全なだけの場所に逃げ込もうとする。
仮面を外し、床に叩き付けて踏みにじりたい衝動に駆られる。

雨に濡れた。
それはそれは盛大に。
だけど半透明なビニル傘のせいで頭や肩だけは無事だ。
そのことが余計に僕にとって苦々しい事実だったりもするから困る。
どうせ膝下までぐっしょり濡れてしまうのなら、いっそ傘なんて閉じて全身びっしょり濡れてしまいたいと思う。
前髪滴る雨のしずくがどれほど心地よく虚しいものか、僕は知っている。
雨は仮面の内側まできちんと入り込んで満遍なく濡らしてくれる。
苦しいのは雨のせいだと勘違いさせてくれる。
だからどうせなら、と思う。
だけどどうしても、と思い止まる。
いっそ周囲の目も地雷も自分も、靴が駄目になることも玄関が濡れることも何もかも、ちっとも気にせずいられたら。
好き勝手に、思いつくがままに振舞えたらどんなにいいだろうか。
それが許される季節はとっくに背後遠くに行ってしまっていることも知っているけれど、僕はつい未だにそう思う。
季節はいつもいつも、そばにいる時その存在をこちらに無理強いするくらい主張してくるくせに、いなくなる時は何も言わず、気づかれぬように息を殺して行ってしまう。
だから僕はいつもいつも、季節がいなくなって随分経ってからようやく、いないことに気づいて困ってしまう。

薄暗い帰路の途中、雨のせいでぼんやりけぶって光る自販機の前に立ち止まる。
傘を肩と首に引っ掛けて、元々少なめに入れてある財布の中身全てをいちいち丁寧に飲み込ませ、同じボタンを押し続けた。
ボタンが光る内はまだいい。そう思った。
ちゃりんちゃりんと音がした。
あと50円あったら財布の中身が空っぽになってくれたのに、と僕は歯噛みした。
傘を肩と首に引っ掛けたまま自販機の前にしゃがみ込み、財布の中身殆どと引き換えに落ちてきたものを鞄に詰め込んだ。
あと50円足りないせいで押し返された僅かな小銭を指先で捕まえようとしたら、それは湿度で浮腫んだ指から逃れ、雨に濡れたコンクリートの上くるりと転がり倒れて止った。
何かに似ている、そう思ったけれど、その「何か」が何だったか思い出せなかった。
もう一度それを指先に捕まえ、財布ではなくポケットに押し込んで帰路に戻る。
どうせなら全部濡れてしまいたいと思いながら、そんな簡単なことすらできないで、僕は傘の柄を強く掴み、足掻くように歩幅をいつもと同じくして帰路を急いだ。
ばしゃり、今度はわざと水溜りを踏んだ。

僕が季節を呼ぶ前に、季節が僕を呼ぶ。
それは時々無茶苦茶な力でもって僕の膝下だけをぐしょぐしょにして、僕が呼び返す前にどこかへ行ってしまう。
スポンサーサイト

どんなに目を凝らしても見えないものは、正しく目を閉じ視るしかない。

正しく目を閉じる。

正しく。

正しく。

どんなに耳を澄ませても聞こえないものは、正しく耳を塞ぎ聴くしかない。

正しく耳を塞ぐ。

正しく。

正しく。

見れども視えず、聞けども聴けぬものたちは、思っているよりずっと沢山、周囲に散乱しているのだろう。

あっけないほどすぐそばに、落ちているのだろう。

だけどつい口端から溜め息が零れ落ちてしまうのは、見るべき、聞くべきそれを捕まえられないからだ。

それの正しい場所が、見つからないのだ。
それの正しい証明が、聞こえないのだ。

焦れば焦るほど、そもそもの“正しさ”というものの定義が分からなくなってしまうのだ。

正しく。

正しく。

…正しく?

折り曲げ厳禁

つらつらと書き綴る。
延々と。ひたすらに。
今までも、これからも全てを込めて綴り続けて、用意していたものも、あとから追加したものも、全部が完全になくなるまで。
空っぽになってしまうまで。
もう何一つ、欠片も残っていませんよ。
そう言って笑えるようになるまで。

「私は何も知りません」

あの人と、全く同じ台詞を口にできるようになるまで。

タトゥー

ひとつひとつ、馬鹿丁寧に。
刺した針の傷痕に、一滴一滴、墨を差し込むようにして。
意識無意識、刻み込んだのは何だった?

この身に徹底的に沁み込んだそれらを、どうして簡単に忘れられようか。

全ては表裏一体の背中合わせ。
そんなことくらい、最初から分かっていたはずだけれど。

今日は昨日の明日

ひとつ、ふたつ、

背負い、胸に抱える荷物が増える。

それはとても重たくて、それらそのまま歩くことはとても辛い。

無理やり笑ったり、深呼吸を繰り返したり、歯を食いしばる時も増える。

諦めたり、我慢したり、黙るしかなくなる時もある。

もう嫌だ、と、全部投げ出して逃げたくなる時だってある。

だけどふと、我に返る。

背負った荷物の重みだけ背中がとってもあったかくて、抱えた荷物の大きさだけ胸がとってもあったかいことに気づく。

気づいて、はっとする。

ひとつ、ふたつ、みっつ、

あったかい荷物がまた増える。

重たくて、歩くのだけで精一杯になったりもするけれど。

今日は昨日の明日だということを、思い出す。

もう、あとは崩すだけの積み木の上で。

あなたは一体どこまで知っているのでしょうか。

すぐに忘れてしまう。
期待してはいけないこと、期待をさせてはいけないこと。
それらの罪の重大さ。

あなたは知られたくないところばかりを白日の下へ晒し、笑む。
そして知って欲しいところばかりあなたの目から隠れてしまう。

どうして上手く伝えられないのだろう。
どうして上手く言葉を選べないのだろう。
あなたに分かりやすく伝えたいと思っているのに、いつも大切なところばかりが曖昧に溶けてしまう。
こんなにも、想っているのに。願っているのに。祈っているのに。
いつでも叫べるように、肺が軋むほどに息を吸い込むけれど。
必死に言葉を紡ごうにも、もう時間が足りないのです。

日暮れの時間に追いつけないのです。

あの時どうしても理解できなかった「理由」を、こんな時にやっと身につまされる想いで思い知るのです。

もう、あとは崩すだけの積み木の上で。

彼女の微笑みは昔拾った猫に似ている。

ひとつめ、ふたつめ、

祈れば。

結局自分にはそれら全てがないことを知る。

祈れば、
知れば、

一体いつになったら叶うのかしら。

呟き望むのは、始まりではなく終わりだった。

柔らかな眠りのようなあの歌は、今の私にとっても、多分彼女にとっても、どこまでも等しく、甘く優しく、恐ろしい。

欠片をもうひとつ。

少しずつ、手探るように見つけてきたものたちをパズルのように組み立てながら。
少しずつ、ピースをずらして探り探り、様子を伺いながら。
噛み合う場所と、未だぽっかりと穴を空けた場所を、交互に見やる日々です。

どんなに離れて見ても、近づいて見ても、その全体像は未だに分からないまま。
今日もまた、せめてもう少し僕に時間をください、と目を閉じることしかできませんでした。

口に出せない想いを唇の先に乗せて。
重ねるように紡いでいくのは、紫の石で繋いだ十字架の真上。
いつかここでこの難解なパズルが解ける日がきたなら、真っ直ぐ差し出せるような気がするのです。

過去を想って慈しむことも、未来を想って笑い合うことも。
何の罪にもならないことを知りました。

ブレーカー

まるで終わりなんてないみたいだった。
限界なんてどこにもなくて、いつまでもいつまでも、このままこのペースで走っていけると錯覚しそうだった。

ばちん、

それが落ちる刹那まで、歩幅もスピードも変わらなかった。

泣いて暮らせたらまだいい方だと思った。
だけどいつもあなたが僕を笑わせるから、僕は泣くこともできずにへらへら馬鹿みたいに笑う。

ばちん、

せめてそれが、今あなたの目の前にいる僕に落ちてきませんように。

このまま走れるならこのまま。
このまま笑っていられるなら、このまま。
例え泣いて暮らせなくても、あなたが僕を笑わせ走らせるなら、このままでもいい。

ただせめてあなたの目に、ブレーカーが落ちた僕が映ってしまいませんように。

寄り添う

何もない真空に不意に一筋走るように差したのは、決して眩く輝く希望の光ではなく。
例えるならカンバスをろくに切れもしないナイフで引き裂いた時、その向こう側に潜んでいた、油臭い漆黒が見えたような瞬間、という表現の方が妥当だと思える様でした。

それは等しく漆黒。
きっと以前徹底的に真黒に塗り潰したそれの上から、無理矢理に新品のそれを張り付けて隠していたのでしょう。
しかしろくに切れもしないナイフ、とは言い得て妙かもしれません。
それは体内で不興和音を延々響かせることである時不意にかちりとそれらの周波数全てが噛み合う瞬間だけを目指した、長い長い人の夢。
毒にも薬にもならず、毒にも薬にもなりえるものでしかないのです。

結局、最初に指を伸ばし損ねたそれに、戻るしかないのかもしれません。
あなたがそうであったように、私もそれにしか添えないのかも。

私たちの最初で最後の作品は、どこまでもどこまでも徹底的に塗り潰した油臭い漆黒のみのカンバスひとつずつ。
条件は同じでも、見た者全員似ているとは決して言わない、全く違う闇でした。

一度は添えぬと目を反らしたそれにしか、私たちは寄り添えないのかもしれません。
そしてもしかしたら、あのカンバスをただひたすら無心に黒く塗り潰し重ねていた時の私たちの、本願はそこだったのかも。

揺れた白檀の手触りの向こう、ふとそう思った夏でした。

ただただ、会ったことすらないあなたの、長い、永いその夢に。
いつか私も添えますようにと。

無音の地雷原(sechs)

無音の世界で。
その名を、その音を、その意味を耳にした時。
その色を、その輪郭を、その流れを目にした時。

私は息を詰めても、歯を食い縛っても抑えきれない、胸中激しく鬩ぎ合う強力な圧迫に耐え切れずに、だけど片足、ほんの少し下がっただけなのに。

裸足の右足のかかとの下、かちり。
何かが噛み合う音を耳にすることなどできず、ただ、皮膚越し感じるだけだった。
あぁ、この耳はそれすら拾えないのか。

あれから私の耳は役立たずになり、無音になってしまったこの世界。
だけど、それでも。
裸足の足の裏に伝わる柔らかな土の感触は優しかったのに。
荒地は季節がすぐに新芽を芽吹かせ、全てを覆い尽くしてくれたはずなのに。
そのせいで、浅く埋められたそれを見落とすことになるなんて。
噛み合う音をすら拾えないなんて。

地雷は、私の真後ろにあった。
もっと遠く後ろにあると思っていたそれは、私の背後から離れることなく、ずっとあった。
否、私が地雷のそばから遠く離れたつもりが、実際はその場に立ち尽くしたまま、全くどこにも行けていなかっただけかもしれないけれど。
たった片足、一歩下がっただけの素足のかかとの下。
冷たく硬い違和感。

この足を上げてしまえば全てが終わってしまう、と思うと、身体が硬直して動かなくなった。
それは、私もろとも逝こうとする。
あの時のように私だけ助かったとしても、右足は持っていかれる。
どうしても、私を無傷では手放してはくれないのか。
あの時だって、だらだらと流れる血液を苦々しく思っていたというのに。
流れるそれは真っ赤で真っ黒で、熱くぬるく、すぐに冷えて粘ついて、ちっとも綺麗なんかじゃなかった。
どこまでも禍々しく、汚らわしいだけだった。
やっと、止まったと思っていたのに。
やっと荒地に芽吹いた新芽を慈しめるようになっていたのに。
もう耳は役立たずだけれど、それでも風を感じる皮膚は生きていたのに。
柔らかな土を踏みしめる両足は、辛うじて私を支えているのに。
呼吸ができる、それだけで幸せだと思えるようになったのに。
どうして今なの。
どうして、
たった片足分だったのに、

私はそのまま動けずに、ただ硬直したまま歯軋りした。
悔しさや悲しさというより、憤りのような感情が胸をぐるぐると暴れ回る。
喉元、溢れ出そうになった声を、ぐ、と飲み込む。
喉がぎゅ、と絞まって、酷く痛んだ。
瞬きの仕方を忘れたせいで、乾いてしまいそうな粘膜を守るためだけに涙が出た。
そう、今更泣くわけないもの。

どうして今なの。
どうして、あの時この地雷は私の裸足のかかとの下にいなかったの。
あの時なら、迷わずこの足を持ち上げられたのに。
笑ってあげられたのに。
泣いてあげられたのに。
一緒に、逝ってあげたのに。
どうして今なの。

地雷は私の真後ろに。
立ち尽くしたまま動けない私の、裸足のかかとの真下。
土は柔らかく、新芽は眩しいほど鮮やかだった。
息苦しいほど愛しい、無音の世界。

希う

きっと、君を恋しく思わない日はなかったのだ。
君のそばにいた時も、
素直な振舞い方を模索していた時も、
わざと嘘をついた時も、
自ら君のそばから離れた時も、
君の声を無視した時も、
別の考え事に没頭していた時も、
君以外の対象を愛した時も、
凍えて丸まっていた時も、
ぼんやり移り変わる空の色を眺めていた時も、
笑っていた時も、
泣きながら手探りで音を探していた時も、
諦めた時も、
目を閉じ祈りを抱いて膝まづいていた時も、
ただ深く眠っていた時も、
君の事を忘れていた時も。
きっと、君を恋しく思わない日はなかった。

君はいつも同じ場所にいた。
その場所は、きっとここから遠かっただけのこと。
それはとてもとても、遠かっただけのこと。

僕らはいつも

僕らはいつも、許しの時を待っている。
何を許してほしいのか、誰に許してほしいのかもわからず、それでも待っている。
待ちわびているんだ。

僕らはいつも、還る場所を探している。
どこに還りたいのか、どうして還りたいのかもわからず、それでも探している。
探し回っているんだ。

そして、僕らはいつも、祈りの言葉を紡いでる。
理想を。愛しい存在の幸福を。
安らぎを。
そして、自分を祈ってくれる、君を。

僕らはまだ許されず、還ることもかなわないけれど。
それでも待ちわび、探し回り、そして紡ぐ。
いつの間にかぐしゃぐしゃに絡まってしまった細い糸を、時間をかけて丁寧に解きほぐすようにして、僕らは辛うじて立って。
よくない視力でもって必死に目を凝らし、そうやって。
僕らはありとあらゆるものをかき集め、積み上げ、その上に蹲って、危ういバランスをとりながら、生きる。

いつか許されることを。
いつか還る場所を見つけ出すことを。
いつか、祈りが届くことを。

いつも全力で、願ってる。

そして、いつか僕らが、出会って、重なり積み上げてきた全てが塵になってしまうとしても。
そして、いつか僕ら自身が、それらを見送ることができなくても。
贖えないままでも。
決してその刹那に、無様に縋るだけの汚れた手を、互いに伸ばさないでいられますように。

ある眩い早朝のこと

それはまだ薄暗い朝方、たった一羽、野外に網を張って作ったとても広い運動場に閉じ込められ鳴く鳥のように。
外界となんら変わらぬ風の匂いを嗅ぎ、日の出を知り、季節の移り変わりを感じられ、存分に羽ばたくことも可能なのに、そこから飛び立つことはできなかったのです。

優しくない「キミ」が好きでした。
ただ走り逃げ惑うだけの私が、気づけばその広大な網の中にいたことに気づいたのは、その網そのものだった「キミ」が壊れた後でした。
壊れてしまうまで網そのものが「キミ」であったことに気づけず。
網の中、周囲取り巻く状況も知らず走り続けていた私は、「キミ」の目にどのように見えていたのでしょうか。

「キミ」は私に存分に動き回れるだけのスペースを与え、好きなようにさせました。
私は決められた範囲内を動き回れるだけで自由と勘違いし、己の風切り羽を抜き捨てました。
もうそれは必要がなかったのです。
私は飛ぶことに意義を見出せなくなっておりましたし、その場所は存分に、私が遠く離れたかった場所から離れておりました。
否、無意識自らを囲う網にも気づいていたのかもしれません。
一切の優しさをこちらに見せない「キミ」が作り上げた、「キミ」そのものの網の中、私はここにならばいられると。
ここにいれば、もうあてどなく逃げ回らなくてもいい、と、どこかで安心していたのだと思います。

私はただ、疲れ切っておりました。
逃げ惑うても逃げ惑うても、あの場所から離れられない気がして、いつも恐れておりました。
ぬくもりも優しさも穏やかさも、過去の記憶に関連するものは全て遠ざけ、それでも不意に伸ばされた手にそれを思い出しては叫び、振り切ろうとひたすら走りました。
そう、ただそれらに疲れ切っていただけなのです。

疲れ切った私は、その時すでに修正もきかぬほど歪んでおりました。
何一つ鮮明に感じ入ることもできず、表面をただ上滑りしていくだけの全てを、網越しにぼんやりとやりすごしながら。
しかしその網の中、私はずっと欲していた、溜息をつく刹那を手に入れました。
溜息をつけるようになった私は、気づけば「キミ」ばかりを眺めて過ごすようになっておりました。
いくらずっと見つめていても、「キミ」と私の視線が合うことは、結局、ただの一度もありませんでした。
常時歪んだ視界しか視えず、不誠実な言葉しか吐けず、正常に働かない感覚しか持っていない私に、それでも、「キミ」は何も言いませんでした。
視線もくれず手も出さず。
私をたったひとり、広大な野外運動場に閉じ込めてくれました。
いつしか走り疲れた私が、その場にへたり込んでも、何も。
「キミ」は、私にちっとも優しくしなかった。
「キミ」は最初から最後まで、私に優しくなかった。
そんな「キミ」だからこそ、私は自らここに行き着いたのだと思います。

そう、私はただひたすらに、優しくない「キミ」が好きでした。

それはある日突然訪れるものだと知っておりました。
私は元々、その残骸から逃げ惑っておりましたから。
逃げ惑い辿り着いたのが、ここだったのです。
ですから、いつかここも、あの場所と同じようになる時がくることくらい、歪んだ視界でもよく分かっておりました。
ただ、自ら風切り羽を抜き捨てた時、もしその時がきても、あの時のようにただひたすら逃げ惑うことはやめようと思っておりました。
「キミ」だった残骸から逃げず、むしろそれを手のひらに大切に掬い取り、喰らってやろうとすら。
歪み疲れた私に、溜息をつく刹那をくれた、ちっとも優しくなかった「キミ」の残骸ひとつひとつ。
私はそれすら許し慈しみ、愛そうと。

そう、いつしか私は覚悟をしていたのです。
「キミ」が壊れるその刹那を。
そして、その時がきたら。私は、「キミ」を喰らう。
血液の一滴も、肉片のかけらすら残さず、時間をかけてでも全て喰らう。
「キミ」が望む望まないに関わらず、私はそう決めておりました。
「キミ」の意思は未だ見えません。
私に対して何を願っていたのか、ちっとも分からないままです。
ただそれでも、やはり不意に訪れた日から、「キミ」を食む日々が始まったのです。
私はもう怯えあてどなく逃げ惑うことなどできませんし、しようと思いません。
それは、逃げ惑い疲れ果て、辿り着いたここで風切り羽を自ら抜き捨てた、歪んだこの身が選択したこと。
私はあの日からずっと、未だここにおります。
「キミ」だった残骸の真上、抜き捨てた風切り羽の行方すら考えず。
すでにここに行き着いた時点で疲れ切っていた私にとって、ちっとも優しくなかった「キミ」は本当に救いでしたから。
もう二度と飛べなくても、走れなくてもいい。
そう思って、己の羽を毟ったのですから。

「キミ」がほんの少しでも私に優しかったなら、今の私はありえなかったでしょう。
溜息すらつけず、今もひたすら逃げ惑っていたか。
力尽きてどこかで野たれ死んでいたでしょう。
あの懐かしくも愛しい残骸と、全く違う「キミ」が、ここにあってくれてよかった。

どこまでもどこまでも、ちっとも優しくなかった「キミ」を、私は今でも愛しています。

ある激しい夕立のこと

そう、ある日突然、その日は訪れてしまったのです。
そう、それは突然激しく空から地に這う我々を打ち据える雷雨のようでした。

あれからどれほどの年月が経ったのでしょう。
その流れは我々の意識の表を上滑りするだけで、何一つ明確な感触を残してはくれませんでした。

それは、完全に排除することなど到底叶わず、かといって完全な形で保存することもできないものでした。
あの時の我々に、あの行為以外の何ができたと言うのでしょう。

「アナタ」がいなくなった日。
それは明確に日付をつけることすら叶わぬほど曖昧な日。

「アナタ」は、我々を包み込み守ってくれていた羊水のような存在でした。
痛みを伴うほどの、早朝降り積った新雪の輝きを直視した時に感じる、目眩のような尊い優しさだけを、記憶しております。
月光のような穏やかさは冴え冴えと澄み渡り、繰り返す言の葉はどこまでも我々と「アナタ」とを結ぶため、そして我々を生かし、呼吸をさせるためだけにありました。
さながら、母体と連結するへその緒のよう。
そう、我々は文字通り、「アナタ」なしには生きていかれないほどに。

ある日突然、何の前触れもなく羊水は決壊しました。
ありえてはならない年月が腐らせてしまったのかもしれません。
我々は切ないほどに愛しいまどろみの途中で、突然、荒野に放り出されてしまったのです。

「アナタ」がいなくなった日。
それは、明確な数字など覚えていられぬほど曖昧な記憶。

「アナタ」越しに見る世界はそれはそれはとても美しく、優しく、穏やかでした。
「アナタ」に包まれ守られ過ごした日々は、どれほどの何をもってしても敵わぬほど。
ありとあらゆるどんな苦痛も耐えられるほど、「アナタ」は我々にとって優しかった。
「アナタ」という存在さえあってくれるのならば、我々は何があっても、立っていられると信じられるほど。
強く生きていけると思うほど。
我々を守る「アナタ」を守るためならば、どんな手段も辞さぬと歯を食いしばるとも容易かった。
とにかく、どこまでもどこまでも、ひたすらに優しかったのです。

アァそれなのに「アナタ」は不意に我々の眼前から消えてしまった。
懐かしむほどの愛しさとぬくもりの中から、我々は突然何の用意も覚悟もないまま投げ出され、無理やりにでも産声をあげさせられてしまった。
耳に痛いほどの金切り声を上げて、我々は再度生まれてしまったのです。
しかし生れ落ちたその場所は荒野。
無理な出産のために我々の色彩感覚は壊され、触覚も知覚も味覚も聴覚も全てが歪んでしまいました。
それまで自然に内包していた己を見失ってしまいました。
それでも生きることを強いられた歪な我々は抗い、「アナタ」があった場所から走り去ることしかできませんでした。
ばしゃり。
雨水より少しだけ粘着質な、ただひたすらに優しかったはずの水音を踏みつけて。

振り返ってはいけない。
それは想像から妄想、いつしか憑つく妄執へと変化しておりました。
そう、結局最初から最後まで、覚悟などつけられぬままだったのです。
背後爪を立て圧し掛かるそれから逃れるように、我々は無我夢中で「アナタ」の残骸残る羊水の水溜りから逃れました。
愛することすら当たり前のようだった「アナタ」から。
ばりばりと乾き痛む皮膚すら無視して。
しかしそれを責めることなど、誰にもできないのです。

「アナタ」はこの結果をすら知っていたのかもしれません。
知っていて尚、それでも。
己の内に大切に守ってきた我々を解放し、「アナタ」自身をも解放したのかもしれません。
我々は「アナタ」に守られ、「アナタ」を守ると決意した時点で「アナタ」の元を離れることなどできなくなっておりましたし、「アナタ」は我々という守るべき存在と、それを守らねば成り立たぬよう自ら仕向けた罠に、身動きが取れぬほど雁字搦めに囚われていたのですから。

アァなんと乱暴な自由戦争だったのでしょう。
滑稽だと笑われてしまいそうなほどに、「アナタ」と我々は、ただ自爆しただけなのです。
路頭に迷い出てしまったのは、我々だけではないというのに。

それでも「アナタ」は最後の最期まで、優しかった。
過去、「アナタ」が神と呼んだあの人が、「アナタ」の眼前からある日突然姿を消した時と同じように。
それを真似るように、「アナタ」は我々の中に育んだ全てを持ち去っていってくれたからです。
「アナタ」は痛む己をも省みず、我々を空っぽにして、もろとも壊れてしまった。
そして、数年経ってこうして気づいてしまった我々のために、「アナタ」らしい優しさばかりの言霊を、タイムカプセルのように後々触れられるように工夫して残していってくれました。

「アナタ」が、我々の内部もろともいなくなった日。
あの日から我々はただただ、流れるがままの年月を重ね、色彩も感情も己も、何一つ確かめられぬまま走り続けておりました。
背後無様にもつれた足跡ばかりを残しながら、しかし振り返ることもできず。
我々はただひたすらに切ないほど懐かしい優しさを拒絶し続けながら。

そう、もう我々は「アナタ」以外の優しさの中に生きられないのです。

そう、ですからきっと、あの後私があの場所に行き着いたのは、必然だったのだろうと思います。
もはや散り散りになってしまった我々の行き場は、どこにせよ「アナタ」の元でもなく、優しい場所でもなかった。

しかし私はあの後己が下した選択を、後悔してなどおりません。
最初から、ある日突然我々を放り出した「アナタ」のように、それは前触れもなく不意にくるものだと知っていて。
そして歪んだまま治ることない色彩、無様なあらゆる感覚のままでも。
いなくなって後にすら、我々に唯一残してくれた、ただひたすらに優しい言霊を抱いたまま離せなくても。
それでも選んだあの場所は、

だって、私にちっとも、優しくなかったんだもの。

笑話。

久しぶりに思い出したのは。
寂しくて苦しい、実にイタイだけの昔話。
それでも僕は笑って君に話そう。
そう、もう全部笑い話になってしまったのだ。

子供の頃は、どんなものでも大事にしまいこんだ。
他人からすればくだらないゴミでもなんでも。
一度目にし耳にしたものは、いつか忘れてしまっても完全に脳から消えてしまうわけではないと知って、すごく安心した。
積み上げる無駄な全てだけが、僕の呼吸するための熱量だった。
そう、至極くだらない全てが。

それでも僕は君に笑って話そう。
君も僕もいつか死んで、無意識無存在になって。
生きていた証拠も記憶もいつか全部なくなって、完全な意味で「無」になるだろう。
だけど、君と僕は、同時に「無」になれないし、ならない。
1秒差で死ぬとしても、それでもいいから。
その僅か1秒先に、君が。僕が。
確かに、互いの目の前で生きて、呼吸をして、笑ったり苦しんだりしたことを、覚えていてほしい。覚えていたいと思う。
そう、それがどれほど傲慢で卑屈な、人間のエゴ丸出しの願いだとしても。

君の過去。
僕の過去。
似たようなできごとも、想像もできないほどの違いも。
全部は無理だけど、できるだけ。
そしてほんの少しだけ。
笑って話をしよう。

君と僕は無駄に生まれ、無駄を無駄に愛しながら生きて。
いつか無駄に死ぬ。
無駄な命を完全な「無」に還すために。

無理してまで誰の役に立たなくってもいい。
立派な人間になんてならなくてもいい。
だって僕らはそもそも「無駄」なのだから。
だから楽に、無駄に生きて死のうよ。
無駄を愛しながらさ。
そして、無に還った後、1秒でも無駄な自分を残そう。
思い出せなくっても、完全には消えない何かを。
そして1秒先に完全な「無」に還ろう。

僕らは探しても意味のない、無駄な答えを探している。
自分の肉体の許容範囲を超えた、無駄な泥を抱えたままで。

そう、最初から全ては無駄な笑い話なのだ。

if

あまりに時間に対する概念が甘い。
全てにおいて遅れている。

もし。
もしも。
そう、言ってしまっていいのなら。

もし。
もしも。
あの時出会っていたら。
あの頃の僕が、出会えていたとしたら。
僕は、今と違う場所にいたのだろうか。
今と同じ場所でも、違う視界の中にいられたのだろうか。
もし。
もしも。

…それとも、あの時出会えていたとしても、変わらなかったのだろうか。
全く同じ場所で、同じ視界だったのだろうか。

でも嘘じゃない。
決して嘘なんかじゃないのだ。
今の場所も、視界も全て。
僕が、僕自身が選んできたのだから。

甘いままだ。
だけどきっと、遅くないはず。
確かに遅れているけれど、それでも。
この指先が、あの退屈な教室でこっそり誓いを立てたことも。
それだけを頼りに目を開いたことも。
必死に後を追ったことも。
嘘じゃないから。
それだけは、確実に。
追いつけるだろうか。
いつか。

funf

5年ぶりに噛んだ左の2つ目の1つは。
いっそ5つ全てを。
いっそ右の全ても。

滲むものなどもうないけれど、寂しがるそれのために。

さぁ左の1つ目の1つを。
3つ目の1つを。
4つ目、5つ目。
次は、右。
さぁ1つずつ。
そうして5回、繰り返す。

傷むものなどもうないけれど、懐かしがるそれのために。

噛み砕く。
噛み千切る。
噛んで、折って。
粉々に。

もはや慰めにもならず、むしろ残りがなくなってしまったことで余計に餓えるだけだけれど。

5年ぶりの、5つずつ。

1つ1つ、手は抜かないから安心して。
あの頃のように、どこまでも徹底的に噛んであげましょう。
偽者でもいいのなら。
あの頃と寸分変わりなく徹底的に。

元より積み重ねたものは、たかが5年じゃもう戻らない。
後悔と感傷は、同じ位置には並ばないと知った時から。

1つずつ、僅か肉薄したそれを見やりながら。

安直

容易く「絶対」なんて言えるはずがない。

人間は可能性と不可能性に満ちている。

可変と不変の狭間は、単にそれらの間にあるわけではないから。

カウント

ひとつ、ふたつ、
指折り数えることはとても難しい。
その指先ひと折りに、あまりに重たい数字が重なるから。

これからあと何回、指を折るの。
あと何回、指を折ることができるの。

指先は温度を伝えるし、想いを溶かして流し込む。
重ねる小指は約束事を絡みつかせて、いつか千切れるから。

ひとつ、ふたつ、
指折り数えることはとても、とっても難しい。

君がその意味を知る時が、きてしまうのだろうか。

それをください

手を伸ばす。
「それを僕にください」と声に出す。
「どうか僕のそばにいてください」と願う。
求めもせず差し出しもしない潔さに救われる。
ただそこにいる。
呼吸をしている。
少しだけ、こちらを視界に認める。
「どうか僕のそばで生きてください」と祈る。
そこに存在することが当たり前になればどんなにいいかと思う。

ぬくもりなんて面倒くさいもの、元より求めていない。
差し出される恐怖を知っているのは、お互い様。
僕と君の体温は酷く低くて。
ぬくもりなど与え合ったところで、酷く焼け爛れるだけだから。
そして僕と君には受け取る手のひらなどなくて。
差し出されたとして、困惑を助長するだけだ。

君が死んだら、僕は路頭に迷うだろう。
だから僕は、なんでも君にあげよう。
どうぞ。
せめて君だけは、全部壊して空っぽにしてからにしてください。
全て喰らい尽くしてからにしてください。
どうか。

僕は君より先には絶対に死なない。
君をひとりになどしてたまるか。
僕は手を伸ばしたあの時、そう決めた。
それだけが手を伸ばす条件だったから。
なのに、君に死なないでほしいと思う。
これでは、いつまで経っても僕らは死ねないままだ。

これは恋などという甘ったるい良いものではない。
まして、愛などという優しく温かいものなどでもない。
ただの執着と固執と、僕を形成するエゴ全てなのだ。

ある風の強い晴れの日に

どれほど場所を確保したところで、微妙な位置は変化することはないはずなのだけれど。
どれほど数を増やしたところで、その不確定さも変化することはないはず。
分かっているのだけれども。
それでも確保する場所が違えばきっと、それなりに違う意思がそこにあると信じて。
そうやって、数を増やし確保してしまうのだろう。

あと何回眠ればいい?
あと何回、笑えば済むというのか。
あと何回で全て終了するのか。
結局離れられない事由を増やしたところで、何も代わりになってくれないと、どこかで分かっているというのに。

己の首を絞めるのは、真綿でも麻紐でも、あの人の手でもなく。
己の手でしかない。
それは、変わらないのだから。

あと何回で。
あの人のようにくるくると舞い踊るように回れるのだろうか。
あの光の中で。

ひとつひとつ積み上げ作り上げたその歪な積み木を崩すのは、やはり己の手でしかありえない。

欲しがったものはただの、

欲しがって欲しがって、手を伸ばしたのは。
ただの、何てことない植物の種でした。
どんな花が咲くのかなんて知らなくて、ただ。
小さくて茶色いその一粒が、欲しかったのです。
土に埋め、水をやればいつかきっと、淡くも生き生きとした緑色の芽が生えてきてくれるものだと。
全身に太陽の光を浴び、双葉に別れ、また伸びて、そうやって育ってくれるものだと。
いつか、蕾を膨らませ、綺麗な花弁を開いてくれるものだと。
そう、信じていたものですから。
欲しがって欲しがって、強請るように手を伸ばしたものは。
ただの、何てことない植物の種だったのです。
花が咲くかどうかも分からなかったけれど、いつかきっと。
それは願うように綺麗な花びらでもって輝いてくれるものだと。
そしていつか閉じ、実を結び、新たな種をこの手のひらの上、くれるものだと。
そう、真剣に祈っていたものですから。
今?今ですか。
もちろんこの手のひらの上、あの時欲しがった種子などもらえませんでしたから。
花どころか空っぽのままですよ。
だから、まだ手を伸ばしたままでいます。
どうにも諦めが悪いもので。

完全に生え揃った永久歯は、噛み付く指に痛いだけだった。

歯型だけが無残に残る。
ふやけて弱くなった爪と皮膚の白さに、苦々しさすら感じるだけで。
じわりと残る痛みに似た熱があるだけで。
たったそれだけ。
どうせいづれこれも消える。
何事もなかったかのように。

まだ乳歯すら生えていなかった頃は、一体どんな感触だったのだろうと思う。
思うけれど、思い出せるわけではない。
そんなわけない。

結局、同じだっただけだ。
指を咥える癖が、爪を噛む癖へと変化して。
爪を噛む癖が、タバコのフィルターを噛む癖に変化しただけで。
結局、何一つ解決していなかっただけだ。

許される許されないの問題ではなく。
ただ、あてどなく立ち尽くし途方に暮れる幼子のようにただ。

未だ生え揃わないのは、永久歯ではなかった、という訳だ。

奇麗事

君は奇麗事だと思うだろう。
そうだね、奇麗事かもしれない。
ずっと、きっと一生信じられないものだろう。
後から後から降り落ち、君を全部。埋めてしまうほどの幸福で。
君が、窒息しそうなほどのぬくもりに包まれるといい。
痛みも悲しみも辛さも寂しさも苦しみも全部、埋めて。
君の目から隠れてくれればいい。
せめてと祈る僕を、君が許してくれればいい。

今まで僕は、沢山の祈りの言葉を紡いできた。
それはいつか君に届くだろうか。

痛む君が安らかでありますように。
嘆く君が眠りを貪れますように。
悲しむ君が穏やかになれますように。
苦しむ君が光をその身に受けますように。
求める君が満たされますように。
足掻く君が報われますように。
祈る君が救われますように。

僕の偽善が、君を傷つけませんように。

いつか、君は僕の願うようになるだろうか。
祈り続けて、僕はずっと。きっと一生、祈りの言葉を紡いでいく。
めくるめく幸福の中。
君だけが感じるぬくもりの中、君は。
君は、笑ってくれるのだろうか。

奇麗事を嫌う僕が紡ぎ続ける、奇麗事。

掃き溜める言葉

見届けることは私の義務であり、私に唯一許された権利である。

だから、私はここにいるしかない。
そうするしか、選択肢は他にない。

見届けることは私の意地であり、私に唯一許された祈りである。

そしてそれらは、私の望むところであるのだ。

振り返る

「後から後悔したくないし」
そう言った僕に、彼女は笑って言った。

「後悔は後からするものよ」

その穏やかな口調と笑顔から零れる言葉に、一体どれほどの後悔が詰まっているのだろうと思う。
きっとこの人は、僕なんかじゃ把握しきれないほど後悔を繰り返してきたのだろうと。

可哀相なんて思わない。
不憫だとも思っていない。
彼女はきっとそれでも尚、後悔し続けても幸せなのだろうから。

急に寂しさを感じるようになったのは、きっと季節のせいでしょう。
だから安心して傍観していてください。
いづれ僕はあなたと同じ轍を踏みしめる。
そして誰かが僕に、「後から後悔したくないし」と言ったなら。
僕はその人に対して、できるだけあなたに似せるように穏やかに笑って。
「後悔は後からするものだよ」と言ってあげられるようになるから。
あなたほどにはなれないかもしれないけれど、似せることはきっとできる。
そうやって、僕も季節の変わり目に寂しく思うのでしょう。
後から後から後悔を繰り返し積み上げながら。

向かう行き場と残る行き場

最初から知りません。
僕はきっと、最初から何も知らないのです。

きっとどこかで学習するべきものだったのでしょう。
必然的に。ごく自然に習得していくものだったのでしょう。
知らず覚え、難しく考えずとも見つけられるものだったのだと思います。

だけれど僕はそれを知りません。
最初から知らなかったのです。
どこで知るべきだったのか。
どこで見落としてしまったのか。
それすら知る由もありません。
僕は知らぬものが多すぎます。

だから、今更それを僕に差出し、当然のように待たないでください。
それを知らない者はただ途方に暮れるだけなのです。
受け取り方も、返し方も知らずに。

息巻いて焦り求め請うたとて。

それはどこの言葉ですか。
辞書に載っていますか。
今からでも知ることができますか。
差出すアナタの手のひらの上に、当然のように的確なものを返すことができるようになるのでしょうか。
いつまでにアナタに応えてあげられるのでしょう。
いつになったら。
そっと受け取り、アナタに、優しく微笑んでありがとうと言えるのでしょう。

僕は生まれながらに難聴でした。
優しいアナタの声が聞こえなかった。
しかし僕はきっと、色盲でもあったのでしょう。
優しいアナタの瞳の色すら、思い出せない。
そして僕は愚鈍でもあったのです。
優しいアナタの手の感触すら、そして先から零れ落ちる感情すら、汲み取ってあげられていなかったのですから。

夢枕

決して、それほどまでに嘆いているわけではないのだけれど。
長年大切に抱いてきたものを、不意に横から奪われてしまうような、だけどどこか他人事のような、妙な絶望感があった。
それは物質として確かにあるものではなく。
かといって、感情という名で固めて他人に的確に提示できるものでもなく。
言葉というツールで表せるような簡潔なものでもなく。
至極曖昧なもので。
だから、それほどまでに嘆くわけにもいかないのだけれど。

赤子が生まれた瞬間、肺いっぱいに酸素を吸い込み、喘ぐ産声のようにただ、引き攣れそうな痛みを帯びた悲鳴を。
あの時、その至極曖昧なものを見つけた瞬間、あげた自分がいて。
それだけははっきりと覚えていて。
あの痛みも喜びも眩さも困惑も。
きっとこの命が終わるその時まで、大切に抱いていくのだと。
考えもしなかったけれど、同時に疑いもしなかった。
それはどこまでも胸奥深くに突き刺さり、その痛みすらなくては呼吸もままならないことを知った。
方法が、他に見つからないのだ。
だからこのままこうして。
ただ、生きていくのだと。
この大切に抱いて、奪われそうになるだに激しく威嚇し、攻撃して守ってきた、至極曖昧なもの。
他に何をもそれには勝らず、それを抱き続けるためにと犠牲にしてきたものは数え切れない。
今更悔いることもない。
それだけ、大切だっただけだ。

夢を。
ただ愛しいほどに懐かしい、夢を見ただけなのに。

意義も意味も権利も全て奪われるような恐怖感が滲んだ。
滲むのは汗か涙かすら分からないけれど。
今まで必要と思っていなかった酸素が、ぺしゃんこだった肺に急激に流れ込み、今にも破裂してしまいそうなほどの乱暴さで、ぶくりと内部から押し広げられる痛みは、筆舌に表しがたいものがあったけれど。
だけど確かに、覚えている。
忘れられるはずがない。

至極曖昧なもの。

決して、それほどまでに嘆くわけにはいかないのだけれど。

秋火花

所詮、一瞬のものです。
所謂、階層の違いを見せ付けるだけの作業だったのでしょう。
無駄に中途半端な思い出を、このような形で再度焼き鏝を押し付けるような痛みを伴って再現されると、これ以上何をどうすればいいのか困惑するだけです。
何がしたかったのか。
何が欲しかったのか。
何をして欲しかったのか。
何をどうしたかったのか。
そんな稚拙な欲望など覚えておりません。
あれが何年前の何月何日だったかも覚えておりません。
人は歳を取るたび、何かを諦め、何かに執着していく生き物です。
年々強固に塗り固まっていく「己」と対峙しつつ、溜め息のような呼吸を繰り返す生き物です。
ですから、今更その当時の記憶を思い出させたところで、その時の欲望も、感情の流れも、何一つ思い出せないのです。
ただ、映画館のフィルムが流れるように淡々と。
焼きつき残ってしまっていた残像が、映像として目前でちかちかと瞬くだけです。
無駄が嫌いなわけではありません。
生きること自体が無駄なのですから、無駄を嫌っていては生きていかれません。
人の人生は無駄なもので溢れ返っております。
きっと私があの人と出会い、交わした言葉も視線も体温も、全て無駄だったのでしょう。
今更、あの時あぁしていれば。などと馬鹿げた後悔もありません。
私は諦め諦め、固執しては「己」を塗り固めて生きているのですから。
所詮、一瞬のものだったのです。
所謂、世界の違いを思い知らせるだけの行為だったのでしょう。
困惑は私の無知と浅はかさをむき出しにするだけでした。
結局私は未だ、子供だった、というわけです。
…修行が足りません。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。